「ゆきうさぎのお品書き」「ホテルクラシカル猫番館」などの人気シリーズで、食と人をめぐるハートウォーミングな世界を描いてきた小湊悠貴さん。このたび、文春文庫からは初めての作品となる『横浜元町洋菓子譚 春といちごのホームメイド』が刊行されました!
刊行を記念して、小湊さんにお話をうかがいました。
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子どものころの読書体験
――小湊さんは2013年に作家デビューをされています。小説を書こうと思われたきっかけは、何だったのでしょうか。
小湊 子どものころから作文は得意でした。いまも当時書いたものが残っているのですが、小学校3、4年生のときに、すでに「将来の夢は小説家」と書いていました。ノートに自分の考えたことを書き始めたのは、中学生くらいから。小説といえるようなものではなかったけれど、お楽しみ・趣味という感じでした。ファンタジーを読むのが好きだったので、「時空を超える」といったお話が多かったです。
大学生になってパソコンを買い、文章を打ち始めたものの、まだオチのない物語。初めて最後まで書き上げたのは、もうすでに卒業に近い時期でした。卒論と同時進行で、原稿用紙350枚くらいまで書いて、コバルトのロマン大賞に送ったのが初応募です。
――小説を書くことが、楽しかったのですね。
小湊 はい。卒業後は書店に勤めたのですが、書店っていろいろなジャンルを扱うから、勉強にもなりましたね。小説は趣味だったので、暇さえあれば書いて、その後も毎年応募しました。9~10年くらいかかりましたが、コバルトでデビューできたときは、本当に嬉しかったです。
読むほうももちろん好きで、欲しいといった本はわりと際限なく買ってもらえる環境だったのは、大きいです。母が海外文学好きで、『赤毛のアン』『あしながおじさん』『十五少年漂流記』を薦められたり、岩波少年文庫などを読みましたね。中学生からは、やっぱりコバルト系に傾倒。高校生くらいからは、「来月にこの先生の新刊が出る」というのを楽しみにして、お小遣いを貰うと買っていました。
最近またファンタジーを読むようになりましたが、上橋菜穂子先生の作品はとても好きで、ずっと憧れでもあります。
――ファンタジーでデビューされたあと、同じ集英社のオレンジ文庫で出された「ゆきうさぎのお品書き」で小料理屋、「ホテルクラシカル猫番館」でホテルの厨房を舞台に、人々の温かい交流を描き、人気シリーズになりました。
小湊 食べることはもともと好きですが、食べものの話をこれほど長く書くことになるとは、最初は全く思っていませんでした。
小説に登場させる料理は、自分で作れるものは作ってみますし、フランス料理みたいに難易度が高いものは、専門書でまず手順を確認します。いまは動画もありますから、それを見て頭に入れてから文章で組み直す。冗長すぎてもいけないし、必要なところだけをできるだけ簡潔に、分かりやすくまとめて一文にする。料理シーンを書くのは、とても時間がかかりますね。
表現では、五感を大切にしています。作っているときは香り、食べるときは見た目や食感を描写するようにして、バランスをとっています。
――作品に登場するお料理はどれも本当に美味しそうで、読んでいてお腹がすく理由が、よくわかりました!
ケーキの描写は難しい
――そして今回の新刊は、ケーキ屋さんが舞台ですね。
主人公は、亡き祖父から受け継いだ洋菓子店の二代目・花丘春。折からの人手不足やメニューのマンネリ化で下降気味の売上げを何とかしなければ、と日々奮闘するが、ある日とうとう体を壊してしまう。そこへかつて共に修業した有沢壱悟が、よく似た顔立ちの女の子・璃々花を連れて店を訪ねてくる。クリスマスの時期だけ壱悟に店を手伝ってもらうことにしたが、何やら複雑な事情を抱えているようで……。
小湊 ケーキの描写は、また違う難しさがあります。パンにも通じるのですが、焼き上がった時のフワッとしたいい香りなどは書きやすいものの、わりとバリエーションが少ないです。だからデコレーションなどで差を出しました。
今回最初に書いたのは、まず王道の苺ショートケーキ。そのあとのバタークリームケーキ、シュークリームは、花丘洋菓子店が昭和の時代から続いているという設定なので、レトロさを出したくて。バタークリームケーキは、昭和の終わりくらいまではよく売っていたようですが、昔のものは少しくどかったですよね。専門書を何冊か買って、こういう種類があるとか、こうやって作るのかとか自分なりに研究しました。花びらや葉の形を作っていくのは、バタークリームならではの楽しさですね。
コーヒーを使ったモカロール、苺をふんだんに使ったタルトは、ケーキのバリエーションをつけたくて登場させました。
――主人公の春は、経営難におちいって体調を崩したり、結婚がうまくいかなかったり、実家の親と価値観がずれていたり。ちょっと人生に後ろ向きになっています。
小湊 30代って、結婚・出産で生活や友人関係も変わってきたり、仕事も重要なことを任されたり、健康面で気になるところが出てきたり。いろいろな岐路に立ったりする歳でもある。これまでは学校を出て働きだしたくらいの20代を多く書いてきましたが、今回初めて30代の女性を主人公にしたことで、そういう年頃の人の心情も書いてみたいなと思いました。
春には、店を自分が守っていかないといけないというプレッシャーもある。仕事との向き合い方も、今後書いていきたいですね。
――そんな弱り切った春の前に、7年ぶりに現れたのが壱悟。とてもざっくばらんで気取らない、でもなんとなく摑みどころがないというか……。そして璃々花は、素直で健気な少女です。
小湊 壱悟は元はちょっとゆるい脱力系キャラなのですが、姪の璃々花を突然育てることになり、しっかりしなければと自分に言い聞かせています。昔からよく知っている春とは、姉弟のような関係性といえるでしょうか。
璃々花は5歳にして自分の境遇がある程度わかっていて、聞き分けがいいのだけれど、まだまだ子供だし我慢しちゃっているところもある。璃々花の成長も含めて、3人の絶妙な関係がこれからどんなふうに変わっていくのか――、私も楽しみにしています。
新しいメニューを開発して、花丘洋菓子店のショーケースをいっぱいにするという課題もあります。春の得意な技術を生かしたチョコレートケーキや、季節のお菓子の移り変わり・悩みごとなども書いていきたいです。
観光地ではない横浜も書きたい
――小湊さんは横浜生まれの横浜育ち。今回舞台になる元町は、やはり愛着がある場所ですか。
小湊 家はちょっと離れているので、子供のころに来たことはなかったですね。高校生になって初めて、友だちと行きました。
「猫番館」のときに山手をかなり歩きまわって場所のイメージを膨らませたりしましたが、とても華やかな場所でした。元町も同じく横浜を代表するお洒落な街で、次に舞台にするならここだなと考えていたので、叶って嬉しいです。今回も書き始める前に元町をぐるりと歩いて、店はこのあたりかな、だとすると駅から〇分、とかあたりをつけました。同じ世界・同じ時代、ということで、「猫番館」読者にはピンとくる描写もあります(笑)。
「春といちご」には地元の苺農家さんも登場しますが、横浜の内陸部は農作物を作っている家も結構あります。海側の華やかな場所だけでない、普段あまりスポットが当たらない部分の横浜もしっかり描きたいと思っています。
――最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。
小湊 はじめましての方はもちろん、これまでの作品を読んでくださった方にも楽しんでいただけるよう力を尽くしました。
ケーキ作りの描写には特に気合いを入れたので、春たちの日常を見守りながら、ほっとしたひとときを過ごしていただけると嬉しいです。
読み終わったとき、皆様の心が少しでもあたたかくなっていますように。








