新感覚捕物帳、泣きたいときの長屋ものから、レシピ付料理人小説に、終わらない長大シリーズまで。
文庫書下ろし時代小説の多彩な魅力を、本の達人たちが語る語る!
広大な書下ろし文庫の森に迷い込んだ読者諸賢のための、道案内となる座談会をお届けします。
細谷正充さん
文芸評論家(もと書店員)
アンソロジストとしても活躍
野沢香代さん
タロー書房
時代小説の文庫担当
昼間匠さん
NICリテールズ(株)
商品本部 書籍仕入部
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「俺、これ買ったっけ」
細谷 最近は書店で、時代小説の棚が独立している所が増えました。単行本とともにかなりの割合を占めているのが「文庫書下ろし時代小説」です。巻数の長いシリーズも多く、どこから入っていいのか迷っている人に向けて今日は書店員のお二人と、楽しい小説をたくさん紹介できればと思います。
昼間 私は二〇〇〇年入社ですが、現在はバイヤーをしております。現場の肌感覚では、二〇〇五年ぐらいから文庫書下ろし小説が時代小説の平台のメジャーになってきて、今では文庫書下ろしがないと売り場に並べる量を維持できません。一つのカルチャー、ジャンルが確立された、という実感はありますね。
野沢 私は日々、レジを打ったり接客をしたりしています。うちは日本橋という場所柄もあってご年配の方、サラリーマンのお客さんが中心ですけれども、タイトルを正確に覚えていないお客様もいらっしゃいます。なんとなく主人公の名前を言われて、シリーズの何巻目かも分からず、探しまわることもたびたびです。
「俺、これ買ったっけ」とおっしゃる方も(笑)。
細谷 その気持ちは大変よく分かります。
野沢 その方はいつも漏れなく新刊を買っていらっしゃるので、「先月刊なので、買っていらっしゃいます。大丈夫です」と安心していただきます。
定期的に次の巻が出るものは、お客さんもちゃんと待っていて下さるんです。店にいらして「そろそろよね」って。
でもそれが崩れてくると「あれ?」となって、あまりに次が出ないとファンの方も不安になって離れてしまう、ということもありますね。
最先端の今村翔吾、そして一大ジャンル「剣豪もの」
細谷 代表的な分野として「一、文庫書下ろし時代小説の最先端」「二、剣豪もの」「三、市井もの」「四、捕物帳」「五、料理もの」に分けられると思います。
近年、歴史小説だけでなく、文庫書下ろし時代小説も牽引しているのは今村翔吾さん。今年『イクサガミ』の第四巻が出て、見事に完結しました。もともと僕は伝奇小説から時代小説に入った人間で、興趣に富んだ筋立て、チャンバラ、宝探し……そういうのが大好き。『イクサガミ』は、伝奇小説が現代的にアップデートされていて、その手法の肝がデスゲーム。明治が舞台で、京都から東京まで、剣技はじめ色々な技を持つ人たちが、旅をしながらひたすら殺し合う。ここには、今の若い読者に時代エンターテインメントの面白さを知って欲しいという、作者の考えがあると思います。
昼間 『イクサガミ』は映像化もされているし、人気漫画家を起用した装丁なので、普段は時代小説の売り場にこないような、若いお客さんが結構手に取っている。我々が読み始めた入口とは違う入口から入る人が居るので、そういう意味で凄くチャンスがある。
昔は、書下ろし時代小説って「おじさんのハーレクインかな」とか思っていたのですが……。
細谷 その感じ方はわかります(笑)。歴史時代小説は年配の人のものだというイメージが強いですが、昭和五十年代くらいまでは、若者も当り前のように読んでいたんです。少し歴史的なことを言いますと、文庫書下ろし時代小説で売れるようになった最初期の作家は峰隆一郎さんです。『人斬り弥介』などの剣豪小説がものすごく売れまして、後を継ぐように、佐伯泰英さん、鳥羽亮さん、藤原緋沙子さん達が出てきて、ジャンルが定着していく。
佐伯泰英さんはこの二〇年ずっと文庫書下ろし時代小説のトップランナーです。最初は『密命』で剣豪小説でしたがシリーズが進むにつれて、家族とか、主人公を中心にしたコミュニティが形成されていく。実はそれがシリーズものの大きな魅力で、池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』も、平岩弓枝さんの『御宿かわせみ』もそう。佐伯さんは多分ある時期からそれをすごく意識して書いている。最近の作品で言うと『助太刀稼業』ですが、主人公が脱藩して、江戸に出てという佐伯さんの好きなパターン。面白いのが、脱藩した主人公に、藩の殿さまの三男坊がフラフラとひっついてきて、これがいい味になっている。道場破りみたいな場面もあるし、江戸に出たら助太刀稼業で色々な事件にかかわるのですけれども、市井で暮らしていくほのぼのとした感じもある。
野沢 佐伯先生の新刊は本当に待たれ、買われています。
細谷 佐伯さんのすごいところは、途中から読んでも常に主人公がどういう人でどんな立ち位置にあるかが、わかるようになっていること。例えば『酔いどれ小籐次』ではどの巻でも、小籐次の周りの町人とかが「俺は知ってるぜ、あれは天下一の武芸者、有名な酔いどれ様だ」なんて言う。毎回毎回親切すぎるほど書いてくれるから……。
昼間 どこから読んでも、読者に負荷をかけない書き方が徹底されてる。
細谷 いかに読者が物語世界にすっと入れるかをものすごく考えているんですよね。
長屋ものと捕物帳の今
細谷 そして三番目の分野、「市井もの」代表として挙げたいのは、田牧大和さん『鯖猫長屋ふしぎ草紙』。市井ものの一番分かりやすいかたちが、「長屋もの」なんです。
主人公が暮らす長屋に、一癖ある住人たちが居て、常に騒動を起こすけれども、最終的には結構みんな仲いいよ、という。本シリーズではアクセントとして、サバという雄の鯖猫を主人公が飼っている。この猫がもしかしたら少し不思議な力がある?という、ファンタジーまでは行かない微妙な書き方が非常に巧い。長屋ものも沢山あるので、どこで他と差をつけるかというのが重要なのです。
昼間 おっしゃる通り、江戸時代とか、ある程度お題や舞台が限られている中で新作を作っていくと、掛け算が増えていく。『鯖猫』は、「長屋×猫」ですね。
細谷 次は文庫書下ろし時代小説の華、捕物帳について。こちらも、他と差をつけるべく、作家たちは頑張っています。同心でも、おなじみ定町廻りではなく例繰方(れいくりかた)(書類仕事。昔の判例などを調べる)を登場させるとか。
先日第三巻が出た松下隆一さんの『落としの左平次』は、捕物帳の王道でありつつ、新機軸を打ち出しています。主人公は若い定町廻り同心で、上役から、元同心の左平次という男に預けられる。「見て覚えろ」みたいに扱われて最初は反発するけれど、そのうちに男のすごさが分かってくる。この左平次、「落としの」という異名があるように、拷問などは一切使わず犯人を落としている。つまり、事件が起きて誰が犯人なのかという面白さとともに、左平次がどういう仕掛けで犯人を落としていくのだろうという二段構えの謎の構図になっている。これが非常に新しい。
書く手間がすごく大変だとは思います。だから、新刊が出るペースはちょっと遅いかな。出来れば三か月に一冊は読みたいですが。
昼間 『落としの左平次』は、設定みたいなものが全部そぎ落とされて、原点回帰みたいなところがあって、内容も装丁もシンプルなのが逆に新鮮です。そういうところが読者に訴えて、売れているのかなと個人的には思っています。
野沢 私も好きです。面白くて、一気読みしてしまいました!
『みをつくし料理帖』で潮目が変わった
細谷 定番の最後は、料理もの。時代小説の中に出てくる料理といえば昔から、池波正太郎さんのシリーズなどが人気でしたが、文庫書下ろしで髙田郁さんの『みをつくし料理帖』が出た時、潮目が変わった。何が凄かったかというと、読者が実際に作れる料理のレシピを最後につけた。既存の料理ではなくて、新しい料理。実際には女性の料理人は、基本的に江戸時代には居ないと思うのですが、この作品以降、女性料理人小説が増えました。
野沢 髙田郁先生にはお目にかかったことがあります。先生は、料理をいったん自分で作ってみる。作ってみて食べてみる。納得したらそれを書く、とおっしゃっていました。すごく丁寧に、力を入れてご執筆されていて、読者さんもそれを分かっている。
細谷 それまでは中高年男性がメインの読者層だったのが、三十代から六十代ぐらいまでの女性読者層が生まれました。
様々な料理を題材にした時代小説が出てきて、またその中で常に新機軸を出さなければいけないのですけれども。中島久枝さんの『おでかけ料理人』の主人公は、出張料理人。「今までなかったネタだ!」と思いました。柴田よしきさんの『お勝手のあん』シリーズも、帯に「時代小説版赤毛のアン」とあり、明らかに女性読者をメインターゲットにしている。一人の少女の成長物語を書いていて、『赤毛のアン』みたいな小説なら読んでみようかな、ということになり、今まで時代小説に馴染みのなかった女性読者でも手に取りやすい。
長大シリーズはおわらない!?
細谷 個人的に、ずっと読み続けている長いシリーズと言えば、ちょっと文庫書下ろしからは外れますけど、夢枕獏さんです。『キマイラ』シリーズ。今年、完結編だという『キマイラ聖獣変』が出ました。まだ、そこに至るまでのストーリーは続くそうですが。
若い頃は、いつまでも終わらない物語を読みたかった。でも年を取ると、ちゃんと終わる物語が読みたくなる。
昼間 コミックにも多いですけど、長期シリーズになると途中で停滞というか、中だるみするものがありますね。できればその物語が輝いたままで完結するのが理想ですが、じゃあ適正なのが何巻かというのは難しい。
野沢 うちの棚で言うと一段五〇冊まで並べられるんですが、ひとつのシリーズを五〇冊並べちゃうと、お客さんもちょっと手が出ないかもしれない。
細谷 特殊な例としては、井原忠政さんの戦国小説は、歴史に沿っているので終わりが見えるのです。
『三河雑兵心得』は、どんなに長かろうと、大坂の夏の陣で終わるはず(笑)。今、関ヶ原まで来ています。文春文庫で新しく始まった『真田武士心得』は、実在の人物が主人公ですから、やはり着地点は分かっている。そういう意味では、安心して読めますよね。
昼間 私は、大の風野真知雄ファンです。風野さんは今、文春文庫から『耳袋秘帖』シリーズを出されていますが、もともとはだいわ文庫でやっていらっしゃいました。最初に出た二〇〇七年当時、私、大宮の駅なかの書店で店長をやっておりまして『耳袋秘帖』をメチャクチャ売ったんです。そうしたら、なんと風野さんがお店に挨拶に来てくださった。ごはんもご一緒した時に風野さんが「シリーズで、人物の名前を考えるのが大変なんですよね」とおっしゃったので、私も若気の至りで「じゃあ僕の名前を使ってくださいよ」と申し上げたら、『両国大相撲殺人事件』に「昼間匠」という橋同心役で出してもらいました。
野沢 それって嬉しいですよね。私は、前に勤めていた書店で岡本さとるさんとお話しする機会があって、「そのうち名前を使うね」と言われていましたら『妻恋日記』に、「野沢屋の娘、お香代が婿養子を取った」という話が。
細谷 お二人とも時代小説に登場されていたとは(笑)。岡本さとるさんといえば『仕立屋お竜』。ヒロインのチャンバラと人情が、たっぷりと楽しめます。
徹底した読者ファーストの未来は
野沢 坂岡真さんの『鬼役』は、一巻目の時から長く売らせていただいておりますけど、坂岡先生が「読者から、鬼役がどこでどう動いているのか分からないと言われたから、江戸城の地図を付けたんだよね」とおっしゃったのを思い出します。今では、時代ものに地図が載ることが珍しくないと思うのですけど、やはり読者さんのご希望をくみ取って工夫されているわけですね。
昼間 アイデアと工夫という言葉、今日は何度も出ましたね。作家の経歴を見ると、テレビの脚本家だった方も多いですね。一時間の番組で楽しませるみたいな工夫と努力を、文庫一冊でやってらっしゃるのかな。
細谷 今を生きている自分が、書店に行って金を払って買って新刊を読む、というのが喜びなわけですよ。だって世の中には七回生まれ変わっても読み切れない本があるのに、なぜ新刊を買うかと言ったら、生まれたばかりの新しい本を読みたいから。そういうところはあると思います。あと、よく時代小説は古びないなんて言うけれど、古びます。書いてある価値観が現代とズレていると、すごく古臭く感じることはある。
今がんがん書いている作家は、読者から飽きられないようにうまく書いています。
野沢 だから、読みやすくて入っていきやすいんですね。時々、お店の平台や棚をじーっと眺めているお客さんがいらっしゃると、「何を面白いと思っていらっしゃるのかな」と、くっついて歩いたりしています。
昼間 どこから情報を得て買われているのか、謎なことが多いですよね。売り場にはもちろん、来月の発売表みたいなものを貼っているので、そこをチェックされている律儀なお客様もいますけど。
野沢 ちっちゃな字で書いてありますよね。
細谷 時代小説の読者って、サイレント。ネットで「すげえ、これ面白かったよ」と感想を拡散したりしないから、作家の方も反応がわからないんですよね。売れるか売れないかだけ。
野沢 面白くなかったら、次は買わないだけなんです。
細谷 文庫書下ろしの四半世紀で、変わってないところは、徹底して読者ファーストであること。読者との接点を考え抜いて工夫して、役目は何かと問われたら「読者を楽しませる」に徹しているんです。
ただ、料理もの以降、大正ものや医療小説など、いろいろ頑張っているんだけど、大きなブレイクスルーになるジャンルは生まれていない。それが次に見つかれば、まだまだいけます。
おすすめブックリスト
細谷正充のお薦め5シリーズ
イクサガミ/今村翔吾 (講談社文庫)
明治時代を舞台にした、サムライたちのデスゲーム。こういうアクション時代小説が読みたかった。
三河雑兵心得/井原忠政 (双葉文庫)
大河戦国小説。徳川家康の家臣になり、雑兵から出世していく主人公の活躍が楽しい。
志記/髙田郁 (ハルキ文庫)
髙田郁の新シリーズ。医者と刀鍛冶を目指す、ふたりの女性の、波乱の人生を見届けたい。
仕立屋お竜/岡本さとる (文春文庫)
ハードなチャンバラと、気持ちのいい人情が、絶妙のバランスで融合している。
妖怪の子預かります/廣嶋玲子 (創元推理文庫)
高い人気を誇る妖怪時代小説。物語に詰め込まれた、妖怪と人間の喜怒哀楽が堪能できる。
野沢香代のお薦め5シリーズ
助太刀稼業/佐伯泰英 (文春文庫)
やはり佐伯先生は面白い。3巻完結ということで、時代小説は長くて苦手と思う方でも、手に取りやすいのではと。
鯖猫長屋ふしぎ草紙/田牧大和 (PHP文芸文庫)
時代小説には猫!が必須かと。猫好きでも、そうでなくても楽しめる本だと思います。
落としの左平次/松下隆一 (ハルキ文庫)
今どきの若者は指示がないと動けない。そんな若者を左平次は今後どうやって一人前にしていくのか、楽しみだし、義理人情が大事だと思わせてくれる小説かと思います。
お勝手のあん/柴田よしき (ハルキ文庫)
生きているだけでもありがたいと思う「やす」が周りの人に助けられて、自身の人生のやりがいをみつけていくこのお話は、たくましさを感じつつ、羨ましさも感じます。
古道具屋 皆塵堂/輪渡颯介 (講談社文庫)
古道具屋に持ち込まれるいわく付きの古道具が引き起こすお話ですが、笑えるけど、あとから怖さもある。登場人物も一癖も二癖もあり、これもまた面白いです。
昼間匠のお薦め5シリーズ
新 本所おけら長屋/畠山健二 (祥伝社文庫)
笑いあり、涙あり、まるで自分も長屋の住人になった気分で毎回楽しめる。まさに読む落語。
寿司銀捕物帖/風野真知雄 (角川文庫)
寿司屋を営む元岡っ引きが再び十手を持つことに! すしネタと絡めた事件も含め風野ワールド全開の最新シリーズ。
出直し神社たね銭貸し/櫻部由美子 (ハルキ文庫)
人生をやり直したい人が訪れる出直し神社の巫女を中心に展開し、毎回やさしい気持ちの読後感を味わえる。
羽州ぼろ鳶組/今村翔吾 (祥伝社文庫)
とにかく登場人物の誰もが魅力的、ハズレなし。時代小説の醍醐味がすべて詰まっている。
目明かし常吉の神楽坂捕物帖/伍代圭佑 (潮文庫)
父の死の謎を追うため、後を継いだ半人前の息子がいかに成長していくかが今後の楽しみ、これぞ正統派捕物帳。
*「オール讀物」2026年1・2月号より転載。文中の年月日などは雑誌発売時のものです。











