昔、江戸時代を舞台にしたノワールを書こうかと思っていた時期がある。
現代よりも過酷な環境、特に、ただ生きるということだけでも難しい時代を背景にしたなら、よりリアルで強い物語が書けるのではないかと考えていたのだ。
現代を舞台にしたノワールなら、たとえば、主人公が銃を入手しようとして、どう書けばリアリティを損なわないのかと絶えず頭を悩ませなければならない。
だが、江戸時代なら。常に刀を携えている侍なら、あるいは渡世人なら……物語をよりダイナミックに展開させることができるのではないか。
そうも考えていた。
しかし、当時のわたしは死ぬほど多忙で、江戸時代について勉強する時間など、とても持てなかった。
いつか――そう思っているうちに時は瞬く間に過ぎ去り、わたし自身のノワールへのこだわりも薄れていってしまったのだ。
そういう経緯があったから初めて本書『コルトM1851残月』(以下、『残月』と略す)を読んだときは奇妙な既視感に囚われた。
なんだこれは? 以前、おれが書こうと思っていた物語ではないか。
もちろん、そんなものは馬鹿げた錯覚にすぎない。
本書の主役でもあるコルトM1851という銃など、決してわたしの書く時代物には出てこないだろうし、キャラクター造型も物語の進め方もまったく違うのだ。
それがわかっていてもなお、既視感はなかなか消えなかった。
『残月』は殺戮(さつりく)のシーンから幕を開ける。主人公の郎次が、コルトM1851で数人の相手を撃ち斃(たお)すのだ。
のっけからノワール全開である。
冒頭にこのシーンを持ってくることで、月村了衛は『残月』がただの時代劇ではないぞと高らかに吼(ほ)えるのだ。
主人公・郎次の思考、行動、そしてコルトM1851。短筒(たんづつ)と呼ばれた古い仕組みの拳銃から、連発が可能な近代的な拳銃への過渡期に現れた特異な銃。郎次にその銃を持たせることで、『残月』もまた特異な時代小説ノワールとしての性格をまとっていく。
この銃は六連発であり、物語の舞台となっている時代(一八五三年)にあっては驚異的な殺傷力を誇る。しかし、過渡期の銃であるが故に装弾に時間がかかるのだ。
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