「『ボボボーボ・ボーボボ』はめちゃくちゃ現代文学的だと思ってるんですよね」小説家の金子玲介と作詞家・小説家の児玉雨子が語る伝説のギャグ漫画と、身体感覚が注ぎ込まれた音楽小説の魅力〉から続く

 2026年6月27日、東京・渋谷の大盛堂書店にて、金子玲介さんの最新作『私たちはたしかに光ってたんだ』(略称『わたひか』)の刊行を記念したトークイベントが開催されました。ゲストは作詞家・小説家の児玉雨子さん。青春バンド小説『わたひか』を軸に、お二人の出会いから音楽と小説の関係、そして目指すべき小説像まで、縦横無尽に語り合っていただきました。(前後編の後篇)

左:児玉雨子さん 右:金子玲介さん

固有名詞は普遍性を損なう?

児玉:主人公たちのバンドが初めて演奏する曲としてチャットモンチーの「シャングリラ」を選んでいるのも「わかる……!」となりました。私たち1993年生まれくらいの世代で、バンドをやろうとしたら最初に練習する曲の一つですよね。ただ、実はなかなか難しい曲で。

金子:途中で5拍子が入る変拍子ですもんね。

児玉:そうそう、今日びJ-POPではあんまり聞かないですよね。初心者にしてはハードなはずなのに、みんながこぞって練習する。その一曲だけで世代が表れているし、現時点で「シャングリラ」を演奏できるレベルの子たちなんだということも表現されている。

金子:まさにそれを表現したかったんです。デビュー作の『死んだ山田と教室』では固有名詞をできるだけ排除して、普遍性を高めようとしていたんですが、『わたひか』では逆に固有名詞をたくさん出して「瑞葉が生きた時代」を刻みつけようと考えていました。

児玉:今の10代や、逆に一回り二回り上の世代だったら、誰の曲がこの「シャングリラ」に相当するのだろう、と想像しながら読んでいました。その人なりの「シャングリラ」がきっとあるんですよね。固有名詞によって限定されているようでいて、読む人それぞれにとっての「それ」を代入できるから、実は普遍性は損なわれていないと思います。

金子:読者の方の感想を見ると、瑞葉にとってのバンドを、スポーツや絵や演技など自分が取り組んだけど届かなかったものに置き換えて読んでくださる方が多くて、すごくうれしかったです。

児玉:スポーツにおける「シャングリラ」みたいなものもきっとあるんでしょうね。

こんな時代だから“光の作家”になろう

児玉:金子さんの小説の登場人物って真っ直ぐで熱い人が多いですよね。ミステリーは人が死ぬところから始まることが多いと思うんですが、それって言い換えると、加害から物語がスタートするということで、どうしても怖い表現が続いてしまう。でも金子さんのミステリーはそういう表現が続いても、死んだ人物を物語のために使い捨てないというか、露悪的にならないんですよね。『わたひか』はミステリーじゃないですが、瑞葉が才能の壁にぶち当たって本当にいろんな葛藤を抱えるし、いくらでも腐ったり人を恨んだりできる状況を書いていると思うんです。でも瑞葉は真っ直ぐに人を好きになったり、他人の才能をすごいと思える。そういう“人間の素直さ”を金子さんは書いていますよね。

 私と金子さんは会うと『ボーボボ』の話とかいろんなくだらない話とかばっかりしているのに、いつも最後には熱い話をして終わります。冷笑・露悪が流行っている時代だけど、世の中がすでに悪いんだからフィクションでまでそんなものを描かなくていいじゃんって。

金子:そうそう、“光の作家”になろうって。

児玉:人間や社会のグロテスクな部分を書けば世の中の真実を書けたことになるのか、というのが疑問なんです。本当に、人間の本性は汚いものしかないと断言できるのか。

金子:わかります。「人間の本性」という言葉を使うときに、なぜか悪い側面の話になりがちですよね。でも私は善性から考えたい。人間の本性は最終的には善いものだと信じたいという気持ちがあります。

児玉:金子さんのその熱さは、どの作品にも出ていると思います。

金子:児玉さんもそうですよ。児玉さんの作品で私が特に好きなのが『##NAME##』なんですが、あれはジュニアアイドルを描いた作品で、題材的に社会の暗部のような不穏なものを扱っているのに、最後には友情を信じる、世界を信じる、人間の良さを信じるというところへ帰着する。まさに光を感じるんです。初めて読んだとき、震えました。

児玉:うれしい。

金子:しかも児玉さんの小説ってめちゃくちゃ強いんですよ。文章の密度がものすごくて、それなのに可読性もちゃんと高い。たぶんそれって作詞をされているから、短いフレーズで刺しにいきつつキャッチーに書けるんだろうなって。文学としての密度とエンタメ性が両者を高め合っているのが児玉さんの小説のすごいところです。

児玉:ありがとうございます。我々が“光の作家”を目指している点で一致しているのは、我々が二人とも舞城王太郎が好きなことが理由の一つですよね。

金子:そう、舞城さんの小説って本当にピュアなんですよ。世界をぶち壊すような物騒なことが起きるんですけど、最後には愛と希望を叫ぶ。こんなひどい世の中でも、人間は愛を抱いて生きていくべきだし、光を見続けなきゃいけないと言ってくれる作家なんですよね。

児玉:文体が注目されがちですが、金子さんが舞城作品から影響を受けているのは文体やミステリーの部分ではなくて、むしろメンタリティの部分じゃないかと、いち読者として勝手に解釈しています。どれだけ暴力や悪いものにまみれた世界でも、かすかに見える光を信じ続けようという精神性。

金子:私も児玉さんの小説や歌詞から舞城的なピュアネスを感じていました。これからもフィクションだからこそ、声高に光を描いていきたいですね。

児玉:冷笑を“熱笑”し返す“光の作家”になっていきましょう! 

左:児玉雨子さん 右:金子玲介さん

金子玲介(かねこ・れいすけ)
1993年神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。『死んだ山田と教室』で第65回メフィスト賞を受賞し、2024年単行本デビュー。「2025年本屋大賞」にノミネートされる。著作に『死んだ石井の大群』『死んだ木村を上演』『流星と吐き気』『クイーンと殺人とアリス』がある。26年4月、最新作『私たちはたしかに光ってたんだ』を刊行。

児玉雨子(こだま・あめこ)
作詞家・小説家。神奈川県出身。アイドルグループ、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に作詞提供を行う。2021年に小説『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)を刊行。2023年に『##NAME##』(河出書房新社)が第169回芥川賞候補作にノミネート。同年に文芸エッセイ『江戸POP道中文字栗毛』(集英社)、2025年に『目立った傷や汚れなし』(河出書房新社)を発売。