芝山 あそこだけ突然ミュージカルになる。それと、三船が朝、自分の肺病の症状が重いことを知って、沼地で木にもたれかかってる背中のショットはすごいですね。
小林 棺桶の中にアロハを着たもう一人の三船がいて、それが起き上がって自分を追いかけてくる。映画全体がやくざ賛美じゃないかという声が、批評家に多かったんですよね。黒澤さんの作るものと批評家とが乖離してくるのは、あの辺じゃないかな。
芝山 小林さんも指摘なさっていますが、三島由紀夫が言うところの「すばらしいテクニシャンだけど、思想は昔の中学生並み」という部分は黒澤さんにありますよね。ただ、映画アニマルの本能が出ちゃうと、思想がどっかへ飛んでしまう。
小林 次に、新東宝で『野良犬』を撮ります。僕は、ちょっと技術的過ぎるかなと思ったけど、でも、いま観ると、やっぱりすごいですよ。とくに闇市をさまようところね。
芝山 三船がすごく動いてますね。冒頭の走るシーンでも、カットバックで撮っているけど、カットバックの力だけじゃないですよね、あの速さは。
小林 また、焼け跡そのものを撮ってるでしょ。三船が白い上下でカッコいいんですよね。
芝山 白い靴履いて。ほんとに動物的ですね。それと、河村黎吉や志村喬が渋い。
小林 僕は、戦時中から松竹の河村黎吉が好きだったんですよ。本当の江戸前の役者ですよ。『野良犬』は、アメリカでの評価が高いですね。
芝山 アメリカではフィルム・ノワールとして観られてますよね。
小林 そう。『羅生門』をみんな持ち上げるけども、それに匹敵する映画だと。
芝山 夏のジリジリとした感じとか、後の『天国と地獄』につながるんじゃないですか。
小林 『野良犬』は僕が高二のときです。この一九四九年の秋は、ライバルは木下恵介の『破れ太鼓』、小津安二郎の『晩春』。『羅生門』は受験勉強のときで、浅草の映画館で観たら、空いてたなあ。
芝山 でしょうねえ。ヴェネチアで賞をとって、急に評価されたわけで。
小林 あの大きな屋根がね。大掛かりなセットをつくる黒澤にしては、セットひとつだって大映が喜んでいたら、とんでもない大きな門をつくった。
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