書評

一兵卒として戦争にかり出された人々の思い

文: 藤井 康榮 (北九州市立松本清張記念館館長)

『遠い接近』 (松本清張 著)

『遠い接近』は、一九七一年八月六日号から七二年四月二一日号まで「週刊朝日」に連載された。「黒の図説」というシリーズ(一九六九年三月二一日号~七二年一二月二九日号)のうちの一作で、『鷗外の婢』や『生けるパスカル』、『表象詩人』などの代表作も、ここで連載された。

 一九七一年は、清張が『昭和史発掘』の連載を終了した年でもあった。『昭和史発掘』は、連載中にもかかわらず一九六七年に吉川英治文学賞を、一九七〇年には菊池寛賞を受賞していた。これらの大作を、同時並行に書いていたことは信じられないくらいである。

 本作は、敗戦を挟んで前後の約七年間を時代背景としている。主人公の山尾信治は、印刷の色版画工、自営業である。三二歳で召集され、朝鮮半島に出征する。自伝的作品『半生の記』を読めばわかるように、清張本人と重なる部分が多く、作品には作者の体験が色濃く反映されており、中年兵の焦燥や、衛生兵の特殊性、内務班での古兵による私的制裁など、描写は真に迫っている。

 山尾は、私的制裁を受けながらも、一家七人の生活がかかっている印刷の仕事のことばかりを考えていた。同じ班にいた銀行員は、会社から家族へ給料が支払われているので心配がない。実際の清張自身は、入隊時には朝日新聞社の社員となっており、むしろ銀行員の立場に近いが、想像力を駆使して、山尾という人物を造形している。広島に疎開した家族全員を原爆で失うことも、戦後ヤミ屋を手伝うことも、むろん復讐劇も、創作である。しかし、この時代、多くの日本人が似たような体験をしたのであり、清張にとっても他人事ではなかっただろう。

「ハンドウを回す」という言葉について、作者は次のように書いている。

 昭和十八年六月、わたしに補充兵(徴兵検査では乙種)として最初の赤紙(召集令状)がきた。(中略)入隊受付係の下士官は「ははあ、おまえは、ハンドウをまわされたな」と三十三歳のわたしの顔を見て憫笑した。そのときはなんの意味だかわからなかった。ハンドウ(反動?)をまわすのが「懲罰」という意の軍隊用語であるのを入隊してから知った。(中略)『遠い接近』は、そのときの市役所兵事係の「懲罰」をテーマにしたものである。

「着想ばなし(1)」(『松本清張全集』第39巻「月報」収録)

 このような恣意的な召集が、どこでも行われていたとは言えないだろうが、似たようなことがあったことも事実である。徴兵忌避の話は戦後わりと語られるようになったが、誰がどのように召集者の人選を行なったかについては、ほとんど触れられてこなかった。幸い、清張は生きて帰還し、家族も無事だったが、実務者のペン先一つによって、いとも簡単に戦場へ送られるという感触は、実体験として強く残ったのである。

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遠い接近
松本清張・著

定価:本体740円+税 発売日:2014年09月02日

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