書評

文(ふみ) 一人静の生涯
松陰の妹・久坂玄瑞の妻の生き方

文: 古川 薫

『花冠の志士 小説久坂玄瑞』 (古川薫 著)

 玄瑞と文の間に子供はできなかったので、久坂家は絶えたと思われていた。ところが京都に玄瑞の愛人がいて、子供も生まれていたことが判ったのは明治2年(1869)10月だった。元芸者の井筒タツという女性が、秀次郎という玄瑞の遺児がいることを藩に届け出たからである。玄瑞の幼名秀三郎から二字をもらった男の子は、禁門の変から2カ月後の元治元年9月9日に生まれている。タツは子の幸せを願い、自分から離して久坂家に秀次郎を入れようとしたのである。

 松陰門下の品川弥二郎らの証言や、何よりもその子が玄瑞そっくりの顔であったことで、藩は志士の青春の忘れがたみを認知した。

 玄瑞は写真嫌いだったので、遺影は遺されていない。鉢巻きをした玄瑞の肖像は、秀次郎をモデルにして描かれたものである。

 明治2年のことだから文は比較的早くそのことを知ったのである。受けた衝撃はいうまでもあるまい。しかし文の反応がどうであったかは何も伝えられていない。

 夫玄瑞がほかの人に産ませた秀次郎を、文は久坂家の戸籍に入れてやり、養子に迎えていた久米次郎は楫取家に返した。悲しみを寡黙に耐えている文の姿が思いやられる。

 松陰の三姉妹のなかでは、長女の千代が武家の女の典型を見せている。叔父の玉木文之進が萩の乱に身内の者が参加したことの責任を感じて切腹したとき介錯したとも伝えられる女丈夫だった。次女の寿子も積極的な気性だったというが、末の文に関しては逸話らしいこともふくめて資料といえるものは何ひとつ遺していない。

 文がテレビドラマのヒロインになると聞いて、筆者などは意外というより、ふと「あの人はそっとしてあげたい」と思ったりしたものだった。

 文女は花にたとえれば「一人静」(早春、白色の細花穂を、1~2本つける=広辞苑)というところか。安政大獄で処刑された兄吉田松陰、京都で討死した夫の久坂玄瑞をはじめ、疾風怒涛の世を駆ける激徒の群れにとりまかれて、文は平然とたたずんでいる。

 最愛の夫にも裏切られたが、淋しげな微笑を浮かべながら、文は松陰の妹として生まれた運命をたおやかに甘受した。

 楫取素彦は大正元年(1912)に他界、文は大正10年(1921)9月7日、数え年79歳で、山口県防府市の一隅でひっそりと細く白い花の生涯を閉じた。

花冠の志士 小説久坂玄瑞
古川薫・著

定価:本体660円+税 発売日:2014年09月02日

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