- 2014.08.01
- 書評
ムスリムの学者が解明したイエスの実像
全米ベストセラーに躍り出た衝撃の書!
文:白須 英子 (翻訳家)
『イエス・キリストは実在したのか?』 (レザー・アスラン 著/白須英子 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
キリスト教徒からムスリムに転向した理由
一九七二年にテヘランで生まれ、一九七九年のイラン・イスラーム革命時に家族とともにアメリカに亡命した本書の著者レザー・アスランは、高校時代の夏休みに参加した福音伝道キャンプで初めてイエスに出遭い、感銘を受けてキリスト教の洗礼を受けた。熱心に聖書を学び、一時はこの道の学者になることを夢見た彼は、カトリック系サンタ・クララ大学に進学して宗教学を専攻した。しかし、聖書を深く読めば読むほど、福音書にあるイエスと、歴史上の人物としてのイエスとの間に隔たりがあることに気づき、やがて聖書にはおびただしい間違いや矛盾が山のようにあることを知る。
信徒として、学徒として挫折感に落ち込んでいたアスランに、指導教授のキャサリーン・ベルは、「あなた自身の祖先の信仰と文化も研究してみたらどうだろう。そうすれば、イラン系アメリカ人として、今、なぜ自分がこうしてここにいるのかが見えてくるかもしれない」と助言した。それが彼に新しい視野を開いた。彼にとって、高校時代に出遭ったイエスは、「深い、個人的な関係をもてそうな、最高の友だちのような」人だったが、祖先の文化や信仰を改めて学んでみると、イスラーム世界に「長いこと会わなかった友だちとの旧交を温めることができた時のような」親近感を覚えたという。
その後、ムスリムに転向して卒業後の進路に迷った。人の心の奥深くにある意識に敏感になっていた彼は、ひそかに作家になりたいという思いもあったからである。そこで、作家の登竜門として有名なアイオワ大学創作学科(修士コース)に進む。ここの担任教師で有名な作家フランク・コンロイから、「文章作法は教えることができるが、何を書くかは自分で見つけなければならない」と言われて、彼は人間にとって宗教とは何かをテーマにしようと心に決めた。
発奮してハーヴァード大学神学部で比較宗教学の修士を取得した後に、アイオワ大学の宗教学部でイスラーム入門講座の講師を務めた。そんな時に起こったのが二〇〇一年九月一一日の同時多発テロである。これを機に、受講生は一挙に五倍近くに増え、人気の高かったその講義録に目を付けた出版エージェントの計らいで No god but God, Random House, 2005(邦訳『変わるイスラーム――源流・進展・未来』白須英子訳、藤原書店、二〇〇九)が彼の処女作として誕生した。
九・一一事件以降の“対テロ戦争”は、紛争やテロの社会的・政治的根源に真剣に取り組んでいないために発生する勝ち目のない観念的な戦争であることを描いた彼の第二作 Beyond Fundamentalism: Confronting Religious Extremism in the Age of Globalization, Random House, 2009 (邦訳『仮想戦争――イスラーム・イスラエル・アメリカの原理主義』白須英子訳、藤原書店、二〇一〇)は、アスラン独自のキリスト教徒とムスリム双方の複眼的視点からの考察として注目を浴びた。
上記二書のかたわら、アスランが二〇年近くを費やしたライフワークが本書ということになる。
伝え聞くところによれば、アスランは、人間はなぜ、どのようにして神を信じるようになったのかをテーマにした次作『神についての物語』を執筆中であるという。これまでのユダヤ教、イスラーム教、キリスト教の三つに通底する「宗教とは何か?」というテーマに続いて、「信仰とは何か?」を問いかける人間の心の内の深遠な物語がどんな風に展開されるのか心をそそられる。
(「訳者あとがき」より)
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