2015.05.29 書評

京都からロートレックの名画が消えた!
高樹のぶ子が挑む、未解決事件の「闇」

文: 池上 冬樹 (文芸評論家)

『マルセル』 (高樹のぶ子 著)

 本書『マルセル』に触れる前に、まずは『少女霊異記』(二〇一四年、文藝春秋)から話をはじめよう。『少女霊異記』もまた、高樹文学の収穫のひとつであるからだ。

 単行本の表紙がライトノベル風で、従来の高樹のぶ子ファンは驚かれるだろうが、中味にもまた驚かされてしまう。何ともチャーミングな連作であるからだ。主人公は、短大を出て奈良の薬師寺に務めている高畑明日香。愛読書は少女時代に祖父から勧められた仏教説話集『日本霊異記』で、地名オタクでもある明日香が体験する日常の不思議な話を『日本霊異記』を手がかりにして解いていく。具体的には、明日香が少年の母の死の謎を解き(「奇しき岡本」)、失踪した女生徒の行方の真相を追い(「飛鳥寺の鬼」)、少女の霊力と雷の関係を探る(「八色の復讐」)など六篇からなっている。

 全体的に実に軽やかである。表紙はラノベ風ではあるものの、年若い世代向きではなく、充分に大人向きではあるけれど、それでもライトな感覚は心地よく、事件の手触りはやわらかく、味わいは軽妙で、うきうきとして愉しい。とくに神社の祭りで青年に声をかけられ、オープンカーに乗ってドライヴするうちに尾行してきた男たちの事件に巻き込まれる第三話「率川神社の易者」が特徴的だ。後にシリーズ・キャラクターとなる岩島青年との出会いと掛け合いは漫才的な調子の良さもあって、実におかしいのである。一方で、夢から真理をあてる第五話「夢をほどく法師」は、高樹のぶ子らしくエロティックかつ幻想的で、人生の苦みを色気で包んでいて余韻がある。

 しかし幻想的といっても理路整然としているし、全体的にしっかりとした謎解きがあり、骨格はとても堅固。『日本霊異記』との絡みも考えぬかれているし、やや霊異記寄りの強引な設定がなきにしもあらずであるけれど、そういう挑戦も嬉しい。

 ここ数年、エンターテインメントの分野では、幽霊譚や怪異譚などのジャンルが活況を呈していて、ちょっとした怪談ブームの傾向があるのだが、高樹のぶ子は無意識にその潮流を掴んだのである。しかも『少女霊異記』の巻末の短篇「西大寺の言霊」などは歴史ミステリの趣すらあって、なかなかミステリ的に磨かれていて感心してしまう。

 この磨かれたミステリのセンスは、『少女霊異記』の二年前に書かれた美術ミステリの本書『マルセル』の成功によるものだろう。ある新聞のインタヴューで、『マルセル』では「新しいことをやりたかった」と語っていて、それがミステリであったわけだが、でも、もともと高樹のぶ子には、純文学とエンターテインメントの間に位置する作品が少なからずあり、罪をテーマにした短篇連作『罪花(ざいか)』(二〇〇三年。現在、文春文庫)などは、トラウマの扱いやツイストのきかせかたなど、なかなか堂にいっていて、充分に広義のミステリに入る。優れたストーリーテラーの資質が、しらずしらずのうちに広義のミステリの分野で花開いていたのである。

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マルセル
高樹のぶ子・著

定価:本体1,090円+税 発売日:2015年05月08日

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