2015.02.16 書評

びっくりするほど今と似ている江戸の日常
薬を通販? 書店でPOP? つながり?

文: 大矢 博子 (書評家)

『春はそこまで 風待ち小路の人々』 (志川節子 著)

 志川節子は二〇〇三年、短編「七転び」で第八十三回オール讀物新人賞を受賞した。しかし短編は、本にまとまるまで時間がかかる。単行本デビューはそれから六年後、二〇〇九年の『手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩』(文藝春秋→二〇一二年に文春文庫入り)まで待たねばならなかった。

『手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩』は吉原で働く人々──遊女だけではなく、その周辺の人々をモチーフにした連作短編集だ。化粧師や植木職人、代筆屋など実在の職業から、遊女に技を仕込むという架空の(けれど存在してもおかしくない)職業に至るまで、その情報の興味深さに引き込まれた。と同時に、全編を貫く吉原という場所の悲しみや闇が圧倒的な存在感で立ちのぼり、感服したものである。

 やっと出てきた、と思った。これほどまで書ける人なのだから、ここからはもう一気だろう、と。ところが二作目は、そこからさらに待たされた。三年待ってようやく読者に届けられたのが、本書『春はそこまで 風待ち小路の人々』である。

 待ちかねたのは私だけではなかったようで、本書はデビュー二作目にして直木賞候補に名を連ねた。待たされただけの甲斐はあったのだ。

 吉原を舞台にしたデビュー作から一転、本書は江戸の市井小説である。連作短編の形をとっているが、第四話以降、物語は一話ごとに完結せずに続くので、どうか順を追って読まれたい。

 舞台は芝神明社の近く、目抜き通りから一筋西寄りの通りにある源助町だ。幾つかの商店が軒を連ねている、いわば小振りな商店街。日当りが悪く風通しもよくないため、土地の者は「風待ち小路」と呼んでいる。ところが、目抜き通りを挟んで反対側の筋に、新しい店が並び始めたという。そちらに人が流れるようになると、風待ち小路の商店にも影響が出る。

 そんな状況で、この風待ち小路に住む人々が持ち回りで主役になるという趣向で本書は幕を開ける。だが単なる商店街小説ではないところがミソ。本書は職業小説であるとともに、家族小説であり、そして「町」の小説でもある。いや、むしろ、それらの要素が絶妙な融合を見せているところこそが、本書の眼目であると言っていい。

 まず、職業小説の点を見てみよう。目を引くのは第一話から第三話だ。

 ここでは風待ち小路で商売を営む三軒の物語がそれぞれ綴られる。絵草紙屋、生薬屋、洗濯屋――今風に言えば、書店、薬局、クリーニング店だが、それぞれの商売の工夫が実に面白い。

 第一話「冬の芍薬」で描かれるのは絵草紙屋の粂屋だ。当時は地本問屋というエンタメジャンルの版元があり、卸しから販売まで手がけていたが、粂屋はそこから本を仕入れて売る、小売店である。店の中の様子は、こうだ。

 店先には、店座敷の半分ほどもある平台が、通りに向かって傾斜をつけて置かれていた。そこへ売れ筋の品を並べるのだ。

 粂屋では、木っ端と布切れを組み合わせて小ぶりの幟をこしらえ、「粂屋の一押し」だの「本日売り出し」だのと書き入れて、品の脇に立てている。(中略)

 よく出る美人画や役者絵、合巻などは平台に並べ、人気が一段落ちる力士絵や風景画は、鴨居に渡した荒縄へ水引幕のように吊るしている。また、季節に応じた品を集めて特設したり、一人の役者を取り上げ、さまざまな役柄の絵を取り揃えたりしている。

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春はそこまで 風待ち小路の人々
志川節子・著

定価:本体650円+税 発売日:2015年02月06日

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