書評

島原の乱と切支丹を独自に描く意欲作

文: 細谷 正充 (文芸評論家)

『遠い勝鬨』 (村木嵐 著)

 本書『遠い勝鬨』は、二〇一二年二月、文藝春秋から刊行された、書き下ろし長篇である。主人公は、知恵伊豆との異名を持つ、徳川幕府の老中首座・松平伊豆守信綱だ。

 ちなみに先の経歴で触れた『春の空風』は、明暦の大火が題材になっているとのこと。江戸城まで焼いた大火災に信綱は、幕閣のひとりとして対応している。実際の内容がどのようなものだかは分からぬが、信綱への関心は、早くから持っていたのだろう。それが本書で花開いたと思われる。

 物語の幕は、まだ信綱が竹千代の小姓をしている、十八歳の時から始まる。切支丹の処刑を見物し、政の非情な面を実感した日のことだ。信綱の屋敷に、賀山小太郎という八歳の少年が訪ねてくる。家庭の問題を避けるため、駿府から守役と共に江戸にやって来た彼は、信綱の世話になりたいというのだ。聡明でありながら芯の強い小太郎に、自分と同じ人間性を感じた信綱は、彼に強く惹かれる。そして新妻の静の後押しもあり、小太郎の面倒を見ることにしたのだ。

 やがて、竹千代が徳川三代将軍家光となり、信綱も出世していった。寺の手習いで出来た先輩の火天丸たちと共に、ちょっとした騒動を起こしながらも、学問を深めていく小太郎。彼を南蛮医にしたい信綱は、西国遊学をさせようとする。しかし信綱を慕う小太郎は、なかなか踏ん切りがつかない。そこに火天丸が、普請場から落下した信綱を助けて死亡するという悲劇が起こる。これを切っかけにして小太郎は、西国に向かうのであった。

 さらに月日は流れ、小太郎は名前を健之丞と改めた。西国各地を遊学し、今は、島原の南端にある口之津で南蛮医をしている。藩の重税や切支丹弾圧を傍目に、十郎という助手を得た健之丞は、医療活動に邁進する。一方、信綱は幕閣の老臣たちとの政争をやり過ごす。火天丸の弟の源心から、かつての悲劇の真相を聞かされるが、それでも徳川幕府を第一とする信綱の姿勢は、揺らぐことはない。ようやく江戸に戻ってきた健之丞を典医として、政に専念する信綱。だが、健之丞が切支丹だという噂が広まり、ふたりの道は別れたまま、島原の乱へと向かっていくのだった。

 かつて明治物と切支丹物は、時代小説の鬼門だといわれていた。とにかく、人気のない題材だったらしい。明治物の不人気の訳は不明だが、切支丹物は分からないでもない。宗教というテーマは、どうしてもシリアスになり、しかも繊細な扱いが要求されるからだ。エンターテインメントの題材としては重すぎる上に、執筆の苦労も多いときては、敬遠されるのは当然のことであった。とはいえ切支丹物に積極的に取り組んだ作家がいないわけではない。クリスチャンである遠藤周作は、『沈黙』『侍』等の作品で、切支丹物に挑んでいるのだ。そして村木嵐もクリスチャンだと聞けば、なるほどと納得してしまうのである。

 実際、デビュー作の『マルガリータ』は、切支丹という題材と、誠実に向き合っている。クリスチャンとなって渡欧し帰国した、四人の天正遣欧少年使節のうち、ただひとり棄教した千々石ミゲルの苦悩を、妻の珠の視点で描破した意欲作となっているのだ。もっとも、「本の話WEB」に掲載された作者のインタビューによると、カトリックの洗礼を受けたのは大人になってからであり、教理もよく分かっているわけではないといっている。でも、だからこそ作者は、このテーマに挑戦した。

「宗教は、掘り下げていくと本当に深い問題なので、どれだけ私に描けたかわかりませんが、素朴な疑問として、なぜ、あの時代、あれほど多くの日本人が殉教していったのだろうと、不思議でならなかったんです」

―― 司馬先生に学んだこと 『マルガリータ』 (村木嵐 著)|インタビュー・対談

 というインタビューでの発言を見ると、生まれついてのクリスチャンではないからこそ、素朴な疑問を深く掘り下げることができたのだと、いいたくなるのである。そして作者は本書で、『マルガリータ』のさらに先の境地まで、踏み入っているのだ。

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遠い勝鬨
村木嵐・著

定価:本体690円+税 発売日:2014年08月06日

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