カネと愛とセックス
佐藤 話は変わるけど、僕もうさぎさんもお金については禁欲的ですよね。自分が実感できる量のカネしか動かさないでしょ。株に手を出したり、経済犯罪は起こさないタイプ。
中村 そうかなぁ、でもカネ使っちゃいますけどね(笑)。
佐藤 カネ、何に使います?
中村 何に使ってるかよくわかんないんだよね。昔はブランドものとホストとか、明確な支出があったんだけど。そう、最近では、ウリセンの男の子がウリセン抜けたくて引越したけど敷金礼金でお金を使い果たしてたから、私が無印良品でカーテンとかベッドとか買ってあげたのが一番の出費かな。
佐藤 ロシアにいた頃、当時としてはいい給料だったから、それを身近なロシア人たちにばらまいていたんです。将来伸びそうな学生に翻訳や資料整理の仕事を頼んで二十~三十ドル払うと、一カ月食べていけるし、本や教材も買えるからね。
中村 それは、その子たちの将来に投資すると言ってはなんだけど、別に見返りを求めてはいないんだろうけど……。
佐藤 いや、どこか見返りは求めていたと思う。二十年後に日本の味方になってほしい、そのときロシアにいる若い外交官の助けになってくれればと。少なくとも学生時代にそうしたことがあれば、日本に対して悪い感覚は持たないでしょう。だから、僕は見返りがない形での一方的行為ってないと思う。
中村 私もないと思うんだけど、私がそのウリセンに惚れていて、見返りで好きになってほしいってわけでもないし。
佐藤 でも、人から愛されるの怖くないですか? 他人と非常に近い心の関係を持つことについて、僕は臆病なんですよ。
中村 それは何で? 裏切られるのがいやなの? 深い関係を持たないと意味がないじゃん、人間なんて。
佐藤 うーん。たぶんそうなんだろうけど、人間よりは動物のほうが付き合いやすいんだな。人間は狡さがあるでしょ。その狡さが見えるのがいやなわけ。だから、インテリジェンスやスパイの世界みたいに狡さがはっきりしている世界のほうがやりやすい。お互い相手を利用することしか考えていないわけだし、絶対に自分の組織に不利になることはしない。そういうところのほうが本当の友情や信頼関係は育つんです。僕の今までの経験では。
中村 信頼関係は育つと思うよ。でも、友情はどうなのかな。
佐藤 なんか友情は向こう側から来るような感じがする。努力してできるものじゃない。いわゆる相性とかご縁とか。
中村 うーん、ご縁ね。考え方が急に日本的ですよね。
佐藤 日本的っていうか、そういう言葉で表現したほうがいろいろ表せると思うんですよ。キリスト教の「愛」というのもすごく悪い訳語で、日本のコンテクストだと「愛」ってもうセックスのことでしょ。仏教用語でも。
中村 そうなの? セックスではない愛があると思うけど。私はうちの夫を愛してるけど、セックスはない。うちの人とセックスをしたことがない。だけどお互いに愛は感じるなあ。
佐藤 ああ、それは作品を読んで思いましたね。うさぎさんがデリヘルやってるときに、最後に「もうそれ、やめてくれ」とご主人が言う。あそこのところにすごい愛情感じたな。
中村 逆にセックスが介在することによって、愛の本質が見えなくなると思うんだよね。だからセックスは愛を阻害するものだと思うの。セックスのない愛は成立するけど、愛のないセックスは、ま、やろうと思えばできるんだけれども……。
佐藤 だから、それがずーっと『セックス放浪記』とかで実験したことでしょ。
中村 してますね、くだらない実験を。ハハハハ。ところで、『私のマルクス』の中にはほとんど女性が出てこないよね。城崎(きのさき)温泉に女友達と泊まってレポート書いたところ以外。
佐藤 女性を入れると登場人物の動き方が変わっちゃうから。女性を入れてかつ、僕が考えるとおりに主要な登場人物に必要なことを言わせるように書く筆力がまだないからです。たとえば、書きかけてやめたのは、学生運動の活動家だった奴の恋人とうまくいきかけたんだけれど、彼氏がテロにあったせいで彼女は彼の元に戻り、クラブで働いてまで献身的に尽くしたって話。
中村 女の人ってそういうところあるよね。誰かのために犠牲的な行為をすることで自分の存在価値を確認するという。
佐藤 僕がパクられたとき、神学部の友達以外で本当に支えてくれたのは女性三人ですよ。でも、檻の中で何を一番思っていたかというと、女よりも猫なんだよね。モスクワから連れてきて死んでしまったオスのシベリア猫。その猫がしょっちゅう夢枕に立つわけ。取調べがきつくなって、もうこのへんで呑み込もうかという気になると、猫の目が燃えているの、ギラギラ、ギラギラって。「おっと猫が怒っているから、ここは頑張らないと」と思ったりね(笑)。
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