能島小金吾が兵糧、弾薬、船材などを買いつけるとき、買値の五分を口銭としてもらうことも急いで書いておく。つまりこの小男、けっしてただ働きはしないのである。そうして金を溜めているのは、いずれは千石船をつくって遠い異国に行きたいと考えているからだ。貿易こそが小金吾の目標なのである。本書のラスト近く、能島小金吾が「私は近く自分の千石船を持ち、勝手にさせて戴きますが、お別れの前にひとこと申し上げたいことがございます」と村上海賊の御大将である村上武吉に言うシーンに留意。麾下を離れることの許可を求めるのではなく、これは通告といっていい。で、こう付け加える。
「石山本願寺は信長に潰(つぶ)されます。一、二年も保(も)たぬと思います。ついてはこのさい村上海賊衆も旧来の帆別銭をあきらめ、異国との交易に精出してはいかがでしょう。不肖、能島小金吾、村上海賊衆の先々のため、自ら尖兵となって明国、南海へと船出する覚悟でござる」
ここに出てくる「帆別(ほべち)銭」とは、瀬戸内海を往来する船がなにがしかの銭を村上海賊衆に支払う安全航海料金のことで、その料金は積み荷の一割だったという。その莫大な金が村上海賊の資金になっていた、ということだが、そんなものに頼らず、異国との交易にシフトすべきだと小金吾は主張するのだ。商才に長けた男は狭い日本に安住せず、遠く世界を見ているのである。能島小金吾とはそういう男である。
笛太郎がこの小金吾の郎党になったのは偶然にすぎない。村上海賊に捕まったとき、小金吾が村上武吉に交渉して笛太郎(と雷三郎)をもらい受けただけで、郎党になりたくてなったわけではない。しかし、こういう考えの男とともに暮らすことで、本書に自由な風が吹き渡っていることは見逃せない。
笛太郎の父、人見孫七郎が武吉の千石船で南海へ赴き、そのまま行方不明になっているとの経緯があるので、そのあとを追っていずれは笛太郎も南海へ向かうのだろうなと、早い段階から予想されるものの、それだけのことなら物語に南の風は吹いてこない。本書の続編である『海王伝』で笛太郎は南海に赴くが、それも父親探しだけが目的なのではない。父親探しは付け足しだ。あるいは、贅沢なおまけだ。
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