書評

まぎれもない海洋冒険小説

文: 北上 次郎 (文芸評論家)

『海狼伝』 (白石一郎 著)

 海賊行為に対する疑問が、最初から笛太郎にあることも書いておかなければならない。殺戮と強奪は善なのか。そういう疑問が、少年にはある。もしも笛太郎が村上武吉の家来ならば、その疑問は苦悩となって笛太郎を襲うだろう。そうすると本書は、違う物語になったはずだ。しかし、「変り者の能島小金吾」の郎党になることで、笛太郎は思考も行動も自由に解き放たれる。雷三郎の昔の知り合いの娘が売られたとき、みんなで救出に行こうとするくだりに留意したい。放っておくと雷三郎は一人で相手の船を襲うぞ、だから三人で行こうと笛太郎が言ったとき、そんな無茶なと言いながら小金吾も仕方ないなと思うくだりだ。まるで小金吾が村上武吉に対するように、笛太郎もまた小金吾には遠慮していないのである。村上武吉が小金吾を許すように、小金吾もまた笛太郎を許すのである。この関係が象徴的だ。本書『海狼伝』のなかをのびのびとした自由な風が吹いているのは、海を舞台にした物語だからではない。さらに言えば、少年の成長を描いた物語だからではない。この「変り者の能島小金吾」が物語の中心にいるからだ。そのことを確認しておきたい。

 

 大佛次郎『ごろつき船』『ゆうれい船』、長谷川伸『国姓爺』、村上元三『八幡船』、南條範夫『海賊商人』、隆慶一郎『見知らぬ海へ』、近年では和田竜『村上海賊の娘』など、海を舞台にした時代小説は少なくない。そのなかでも白石一郎は、海洋冒険小説を数多く書き、強い印象を残している。直接的な海の描写は少ないが捕鯨場面が圧巻の『サムライの海』、織田水軍の将・九鬼嘉隆と副題のついた『戦鬼たちの海』なども読ませるが、本書はそのなかでも最高傑作といっていいだろう。本書は、昭和六十二年七月に、第九十七回の直木賞を受賞している作品だが、いまでも全然古びていないのは見事。そもそも時代小説は現代を舞台にしていないのだから古びないだろうというのは間違い。残念ながら古びてしまうものもあったりする。では、いまでも色彩感豊かに読ませる作品は何がポイントなのか。大佛次郎『ごろつき船』を想起すればそれは明らかだ。こちらは海の活劇を活写する波瀾万丈の大ロマンで要約が難しい長編だが、この主人公たちが陸の国境に縛られていないことに注意。彼らは海に生きることでその拘束から自由になっている。こういう視点を持たないと、海洋冒険小説に躍動感は生まれない。

 本書でも、迫力満点の海の戦闘は描かれている。まぎれもなく、これは海の小説だ。しかしそういう場面があれば、それだけで海洋冒険小説になるというものではない。主人公が陸の国境に縛られず、海賊衆の掟にも縛られず、あらゆることから自由になっていることが、この物語に自由な風と躍動感を与えているのである。ホントに、素晴らしい。

海狼伝
白石一郎・著

定価:本体940円+税 発売日:2015年12月04日

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