一昨年来、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の事件がメディアの注目を集めています。断続的な痛みや関節の腫れ、運動障害、記憶障害といった重い副反応(副作用)を訴える少女が多発し、厚生労働省は定期接種が始まってわずか75日で、積極的な接種推奨の一時中止を決めました。
実はこのワクチンには承認前の審議会で、未知の免疫増強剤が添加されていることに対する懸念や、がんを予防した実績がないのに有効性を認めることについて疑問視する声がありました。にもかかわらず、なぜ、専門家、政治家、マスコミは、そのリスクを慎重に検討することなく、早期承認、公費助成、定期接種と、性急な普及推進に走ってしまったのか。その背景には、巨額のカネやヒトを介したワクチンメーカー(製薬会社)との近過ぎる関係があったのです。
ワクチン推進派の医師たちは、製薬会社からサポートを受けて、ワクチンのセールスマンと見まがうような働きをしていました。また、政治家やマスコミも、製薬会社や推進派医師らの働きかけを受けて、ワクチンの普及を後押ししました。あまりに製薬会社との距離が近過ぎたために、ワクチンの有効性を過大評価し、リスクを過小評価したと言わざるをえない状況に陥っていたのです。
子宮頸がんワクチンの事例だけではありません。医療界には製薬会社から、研究費や寄附金、講演料、原稿料、顧問料、監修料といった名目で、巨額のカネが流れ込んでいます。その額は毎日新聞の集計によると、2012年度に大学病院などに入った奨学寄附金だけで、約346億円にものぼっていました。こうした製薬会社からの資金提供が、ほんらいあるべき医療の姿を大きく歪めてしまっているのです。
たとえば、その代表的な事例が高血圧やコレステロールの基準値です。学会が定めた基準値に対して、たくさんの専門家が「厳し過ぎる」と批判してきました。「病気」とされる数値の線引きが低過ぎるために、健康診断を受けた人の多くが「病人」にされてしまい、ほんらい必要のない人までが降圧薬やコレステロール低下薬を飲まされてきたのです。その厳し過ぎる基準値の設定には、「製薬会社の思惑も絡んでいる」とささやかれてきました。
今回、筆者はあらためて、コレステロールの基準値を定めた日本動脈硬化学会のガイドライン作成委員たちと、製薬会社との金銭関係について調べてみました。その結果、18人いる委員のうち8割以上の15人が、コレステロール低下薬を販売している代表的な製薬会社から奨学寄附金や講師料、原稿料などの資金提供を受けていました。それだけではありません。コレステロールの診療ガイドラインを普及啓発する学会主催のセミナーまで、実は製薬会社丸抱えで行われていたのです。
医師主導で行われるはずの薬の臨床試験も、製薬会社におんぶにだっこの実態がありました。カネやヒトだけではありません。製薬会社は「クチ」まで出し、臨床試験を自社製品に都合のいいエビデンス(科学的根拠)づくりや医師向けのプロモーションのために利用していたのです。そうした臨床試験に携わった医師たちも、製薬会社の介入を問題視するどころか、みずから進んでサポートを受け入れていました。
資本主義の論理に従うかぎり、製薬会社が薬をたくさん売ろうとすることは当然のことで、むしろ本能的行動と言えるでしょう。しかし、医療まで資本主義の論理に従属してしまったらどうなるでしょうか。無駄な検査や治療をたくさんする、なんでも病気にして患者を増やす、薬で病気をつくりさらに薬を投与する──そのような恐ろしいことが現実に行われていると言わざるを得ない実態があるのです。そして、その延長線上に、子宮頸がんワクチン事件のような「薬害」が生まれるのです。
医学研究などにおいて、企業等と利害関係があることによって、研究や評価の中立公正性が疑われる状況を「利益相反」と呼びます。本書はおそらく、医療の利益相反を中心テーマに据えた国内初の本ではないかと思います。製薬会社の利益を追求するような医療を是正し、患者本位の医療の姿を取り戻すためにどうすればいいのか。本書によって、建設的な議論が生まれることを期待しています。
新薬の罠
発売日:2015年05月29日
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