本作主人公の亀井凱夫は、空母への夜間離着艦を日本で最初に成功させた戦闘機乗りとして、海軍航空術の草分け的な存在である。
その亀井の日記と手紙を元に執筆したのが本書だ。日記は第三航空隊(三空)司令として臨む、日米開戦の日から書き起こされている。零式戦闘機のみで編成された三空は、台湾の高雄基地を出撃し、南へ往復約一千八百キロもの長距離を、無着陸で飛んでフィリピンの米航空部隊を襲撃するのだ。
日米開戦でまず思い浮かぶのは真珠湾奇襲作戦だが、このときの零戦は攻撃機部隊の護衛任務という作戦の脇役だった。むしろ、数次にわたる長駆渡洋航空作戦で敵戦闘機と堂々と渡り合い、ついに壊滅的打撃を与えたこのフィリピン強襲作戦が、最も零戦らしい戦いだったとされている。
その主部隊である三空司令の亀井は、戦うことに前のめりな猛将というイメージだが、実像はそれとだいぶ異なる。
彼が海軍パイロットになったのには、父親がこしらえた莫大な借金を返済するため、というタフな事情がある。廃嫡させられた父に代わって借財を負ったのは、わずか十一歳の頃というから聞くだにしんどい人生だ。海軍パイロットとなった彼が夜間着艦などの冒険飛行をものともしなかったのは、そうしたビハインドとも関係しているようなのだが、その実、人柄は常に明瞭快活で海軍士官らしいスマートさにあふれ、人望も厚かった。それは慈父というより“慈母”と評されるほどなのだ。
本当は物書きになりたかったという亀井の記述は膨大だ。本書の構想当初はそれら妻子に宛てた手紙などを軸に父と子のシンプルな物語にするはずだった。
ところが取材とともに亀井の兄と義弟の特異なキャラクターが明らかになるや、一気にテーマが拡がった。
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