亀井兄弟の足跡をたどる作業は、日本の近現代史に分け入る興奮そのものだった。格別な新事実を発掘したわけではないが、これまで研究者らによって少しずつ積み上げられてきた史資料に「亀井兄弟」という光源をさがすことで、一つひとつの史実がさらなる現実感を持って迫り、あの時代の新たな人間ドラマが浮かび上がるのだ。
亀井の実兄の貫一郎は東京帝大法学部を卒業後、外交官を経て衆院議員になったエリートで、ナチスの統制経済にかぶれ、近衛文麿を担いで一党独裁政権を樹立しようと躍起になるなか、それを胡散臭く思う山本五十六とは反目しあう。途方もない博識の一方で、若い頃から名うてのプレイボーイとして鳴らすなど、その素顔は捉えどころがないのだ。
そして二人の義弟の毛里英於菟(ひでおと)は、大蔵省・企画院の高級官僚として「国家総動員法」を主導し、統制経済のみならず、戦時思想をもリードした「革新官僚」と呼ばれる激越なイデオローグである。学生時代から共産主義思想に傾倒し、ゾルゲ事件の尾崎秀実とも交友を結んだ。日中戦争勃発前には岸信介らとともに満洲の建国に携わり、阿片の専売事業にも関与している。
日本型全体主義を推進し、ひたすら戦争を拡大することで日本の活路を見いだそうとしたのがこの政治家と官僚の二人だが、先兵役となった海軍士官の亀井は、やがて南洋の占領地でこの戦争の矛盾に気づくことになる。
彼らはそれぞれ戦乱の行く末にどのような未来を思い描いていたのか。そして挫折した彼らの夢が、戦後の日本社会にどのような影響を及ぼしたのか――。
亀井凱夫の残した日記と手紙を軸に、定めのようにして軍人になったこの人物の死への道のりを描写しつつ、貫一郎と毛里を物語に編み込むことで、大日本帝国の最後の十五年間を描き出そうと試みたのが本作だ。
戦後七十年を迎えようとするいま、単なる戦記として書いたものではない。一読すれば、それは子を持つ親なら誰しも身につまされる家族の物語であり、これまでの日本人の来し方とその行く末にしばし思いをめぐらす良い機会ともなるはずだ。
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