書評

物量で劣る相手にいかに戦うべきか。帝国陸軍がアメリカを前に辿り着いた結論。

文: 早坂 隆 (ノンフィクション作家)

『米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて』 (一ノ瀬俊也 著)

 その他、日本軍は「死んだふり」「民間人へのなりすまし」といった手法も対米戦において用いていたという。本書はこのような戦い方の原点を、日中戦争下に求めている。

 つまり、中国軍が日本軍に対して得意としていたゲリラ戦術を、後に日本軍が取り入れるようになったという歴史的経緯への視点である。確かに、一九三七年の南京攻略戦の際にも、日本軍は中国軍の「便衣兵」(民間人へのなりすまし)の脅威に大いに悩まされた。このような「卑怯」な戦い方を中国軍から教訓として学んだ日本軍が、対米戦にこれを応用したという史実の断面は、昭和史の実相を考える上で非常に興味深い。

 

 無論、米軍の言う「卑怯」には、差別的な側面が濃厚に含まれていた。当時の欧米諸国に定着していた「黄禍思想」は、先の大戦の本質を理解するためには見逃してはならない重要な要素の一つである。

 戦前戦中に欧米社会で描かれた風刺画などを見ると、日本人はキツネやアリ、猿、蛇といった姿で描かれている。そこには「狡猾」「野蛮」といった日本人観が色濃く滲む。更に、真珠湾攻撃が「だまし討ち」と認識されたことによって、このような日本人観は否応なく強化され、その結果、「卑怯」という言葉が「対日戦用マニュアル」のタイトルに冠されるにまで至った。

 付言すると、このような日本人に対するイメージは、実は今でも大して変わっていないのかもしれない。以前、アメリカで「日本人を動物に喩えると何か」というアンケート調査が行なわれた際、最も多かった答えは「fox」(キツネ)であった。

 この「fox」には多様な意味合いが含まれるが、例えばチェスを指している際に「foxyな手」と言われれば、それは「賢い手」という肯定的なニュアンスと共に「狡猾な手」といった語感も内包されることになる。

 

 米軍が日本軍を「卑怯」と指弾する一方、戦時下の日本軍では「米兵は精神的に軟弱」といった言葉が頻繁に使われた。銃後において「鬼畜米英」という言葉が広く流布したこともよく知られる通りである。

 他方、中国人は日本人を「日本鬼子」と蔑み、日本人は中国人を「チャンコロ」と笑った。差別や敵意といった感情の構図は、基本的に双方向性のものであるという峻厳な事実が浮かび上がる。

 そう考えれば「卑怯」もお互い様であったとも言えるし、世界中の軍隊は全て「卑怯」であったとも言い得るであろう。

米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて
一ノ瀬俊也・著

定価:本体730円+税 発売日:2015年10月09日

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