二〇〇六年に既存の手法にとらわれない広告会社「博報堂ケトル」を設立。一二年には、東京・下北沢に「本屋B&B」を開業した。書店経営が厳しいとされるなか、同店は三年連続で黒字を計上しているという。名プロデューサーの発想の秘密に迫る。
「書店は世界じゃなきゃいけない」と、本屋B&Bの共同経営者・内沼晋太郎さんとよく話しているんです。本屋の書棚には縄文土器を扱う歴史の本からワイン、スポーツ、園芸、ジャズ、天文学、恋愛小説まで、およそ世の中を構成している大体の要素が、詰まっています。だから、たった五分、書店を歩くだけで世界を一周できる。ネットで五分検索しても、ある一つの事象について、深く調べることはできても、“想定外の情報”にはなかなか出合えません。
ある学者によると、人間は欲望の数パーセントしか言語化できていないとか。つまり、日々ネット上を飛び交っている検索ワードは、欲望のほんの一部。本屋に入って買うつもりのない本を買ってしまうことってよくありますよね。あれは売り場で言語化できていなかった欲望に気づかされるんですよ。人間の好奇心を引き出すツールとして、リアル書店は、ネットに勝っていると思っています。
私がお勧めする一冊目は、『服従』でパリの同時テロを予見していたのではと話題になったミシェル・ウエルベックの『地図と領土』です。仕事柄、テクノロジーの進化と、人の仕事の変化について興味があるんですが、ウエルベックは、現代社会を誰よりも分析している作家だと思います。この小説の主人公の現代美術作家は、最初は金物屋にある道具を静謐な写真として撮るんです。テクノロジーの象徴としての道具を。次には、画家となっていろんな職業の人を描き始める。つまりはテクノロジーを使いこなす人間ですね。ウエルベックは、テクノロジーの進化の先に、社会にはどんな仕事が残るのか、ということを小説の中で書いているんですが、この結末が面白い。
K・ケリーという人が書いた『テクニウム』という本にも、私の疑問に対する答えがありました。著者は、農耕や牧畜によって自給自足生活をするアーミッシュの生活を知り、そこからデジタルテクノロジー啓発の第一線である『WIRED』創刊編集長になるという経歴の人物です。彼が考えるデジタルテクノロジー時代の人の生き方を理解したうえで、『地図と領土』を読むと、いろんなことがシンクロしてきて面白いんです。