書評

大坂の陣を戦った二人――“真田丸”と後藤又兵衛

文: 細谷 正充 (文芸評論家)

『後藤又兵衛』 (風野真知雄 著)

 本書『後藤又兵衛』は、風野作品としては珍しい、本格的な歴史小説だ。物語は天正十五年(一五八七)の晩秋、豊後の領主になった黒田官兵衛孝高が、倅の長政に落胆する場面から始まる。肥後一揆の中心人物である宇都宮鎮房のいる城井谷の大平城を無理攻めした長政は、手酷い敗北を喫したのだ。それも黒田家の家臣で、戦術眼抜群の後藤又兵衛の進言を退けてのことであった。幼い頃は又兵衛を兄のように慕っていた長政だが、いつしか反抗心を募らせるようになっていたのだ。この肥後一揆を皮切りに、朝鮮出兵から関ヶ原の戦いを経て、長政と又兵衛の確執は深まっていく。そして官兵衛の死から二年、当主となった長政の酒席での暴言により、ついに又兵衛は一族を引き連れ、黒田家を出奔してしまう。

 というのが前半の粗筋だ。肥後一揆鎮圧での長政の失敗をフォローする、あざやかな戦い。朝鮮での、敵城一番乗りや虎退治。関ヶ原での奮戦……。戦場を往来する又兵衛は、実に恰好いい。しかも彼は、名誉や栄達を求めない。

「――わしはやはり、死ぬときも戦場で死にたい……。
 又兵衛は心からそう思った」

 これは関ヶ原の戦いの戦塵の中で、又兵衛が覚えた感慨である。自分の求めるすべてがある戦場を愛する彼が願っているのは、ただこの一事のみなのだ。戦国乱世に命を燃やす者ならば、憧れずにはいられない、ヒーローの姿がそこにあった。

 作者が巧みなのは、こうした又兵衛の雄姿を、周囲の人々に褒めさせることである。歴史・時代小説のみならず、エンターテインメント・ノベルを読んでいるとき、基本的に読者は主人公に感情移入している。子供のヒーローごっこほどあからさまではないが、主人公に自己を仮託しているのだ。だから主人公が、周囲の人々から褒められると気持ちいいのである。エンターテインメント・ノベルの、ひとつの要諦といえよう。それを作者は、的確に実行しているのである。しかも、それだけで終わらない。又兵衛が褒められれば褒められるほど、長政の憎しみが募っていくのだ。

 本書の主人公は後藤又兵衛だが、もうひとりの主人公が黒田長政である。もともとは素直な性格だったが、幼少期の過酷な体験と、名軍師である父親と高名な臣下の又兵衛に挟まれ、いつしか心が捻じくれてしまった。とはいえ父親に反抗するわけにもいかず、憎しみは又兵衛に集中することになる。関ヶ原の戦いで見せた謀略の手腕など、長政に才能がないわけではない。しかし自分の前後に聳える壁は高すぎた。そこから目を逸らそうと、又兵衛が戦術の人であるのに対して、自分は戦略の人だと、無理やり思い込むシーンなど、むしろ滑稽ですらある。

 でも、ここに作者の狙いがある。長政と又兵衛の確執が深まるにつれて、ふたりのキャラクターが彫り込まれていくのだ。そういえば読者諸氏は“マリアージュ”という言葉をご存じだろうか。フランス語で、意味は結婚。そこから転じて、料理とワインの組み合わせや相性を指す、ワイン用語としても使われている。作者が描き出す、後藤又兵衛と黒田長政の関係は、まさにワイン用語でいうところのマリアージュだ。対極にある人間の味わいが、互いを引き立てあい、それぞれの存在感を増していく。本書の大きな読みどころになっているのだ。

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後藤又兵衛
風野真知雄・著

定価:本体680円+税 発売日:2016年05月10日

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