書評

大坂の陣を戦った二人――“真田丸”と後藤又兵衛

文: 細谷 正充 (文芸評論家)

『後藤又兵衛』 (風野真知雄 著)

 おっと、前半の話が長くなりすぎた。そろそろ後半を眺めてみよう。黒田家を出奔した又兵衛は、各地の大名に仕官を望まれながら、長政の横槍によって浪人生活を続けることになる。そして風雲急を告げる大坂城に入城。淀君に牛耳られる首脳部に辟易(へきえき)しながら、真田幸村と肝胆相照らし、徳川軍に立ち向かう。よく知られた事実なので書いてしまうが、大坂冬の陣を戦い抜いた又兵衛は、しかし夏の陣における“道明寺の戦い”で、他の部隊との連携に齟齬(そご)をきたし、乱戦の中に没した。物語はそこに至るまでの又兵衛の戦の軌跡が、テンポのよい筆致で描破されている。再び「あとがき」から引用させてもらうが、作者は、

「これが映画ならアクションの面白さを前面に押し出すという手が使えるのだろうが、活字の戦闘描写というのはそんなに面白いものではないだろう」

 といっている。だが、これは謙遜というものだ。自分たちの部隊だけで膨大な敵にぶつかった道明寺の戦いは、興奮必至の面白さである。そして死なんとする又兵衛が回想する、初陣からの戦まみれだった人生。わずか二ページに凝縮された、ここの文章に、後藤又兵衛という戦国武将の在り方が表現されている。ああ、このような男がいたから、大坂の陣は、戦国最後の華になることができたのか。戦国時代は、鮮やかに終わることができたのか。その事実が、なぜか無性に嬉しいのである。

 一九九三年、『黒牛と妖怪』で第十七回歴史文学賞を受賞して作家デビューを果たした作者は、明治の写真家が歴史的事件にかかわる「盗撮」三部作など、ユニークな着眼点の作品を発表してきた。それは文庫書き下ろし時代小説の雄となっても変わらない。出世作となった「耳袋秘帖」シリーズでは、主人公の死んだ妻の幽霊が、当たり前のように登場して、読者を驚かせた。以後、次々と書き継がれた「大江戸定年組」「妻は、くノ一」「若さま同心 徳川竜之助」等のシリーズも、作者独自の奇想が楽しめるようになっているのだ。また、大坂夏の陣を舞台にした『幻の城 大坂夏の陣異聞』も、奇想が横溢(おういつ)した戦国小説の快作であった。そうした作品群を眺めると、ストレートな歴史小説である本書は、むしろ異色作といいたくなってくる。

 でも、本当にそうだろうか。奇想を成立させるには、常識を知らねばならない。一般常識や社会通念を熟知しているからこそ、そこから外れた奇想が生まれるのである。だから奇想を得意とする作者が、本格歴史小説を書けるのは、当たり前のことなのだ。本書を始めとする歴史小説が根っ子となり、豊かに繁る風野作品を支えている。物語の面白さのみならず、作者の全体像を知る上でも、欠かすことのできない一冊なのである。

後藤又兵衛
風野真知雄・著

定価:本体680円+税 発売日:2016年05月10日

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