2016.07.24 書評

没後十年、吉村昭氏が書き遺した日本近代医療の父の高潔なる生涯

文: 最相 葉月 (ノンフィクションライター)

『夜明けの雷鳴 医師 高松凌雲』 (吉村昭 著)

『夜明けの雷鳴 医師 高松凌雲』 (吉村昭 著)

 吉村昭には、書こうとして取材を始めたものの、途中で執筆を取りやめたテーマがいくつかある。なぜ断念したか。十分な史料が得られなかった、証言の裏がとれなかった、同じテーマを別の人が書こうとしていた、など理由はさまざまだ。ノンフィクションを書く者としては大いに共感するところである。

 だが一つ、私には到底理解の及ばない理由で書かれなかったテーマがある。俳人、正岡子規である。中学生の時から肋膜炎を患い、肺結核で死線をさまよっていた吉村は、子規の「病牀六尺」を読み自らを鼓舞したことがあった。死が迫る中で芸術論や時評をつづり、生きる支えとする子規の姿に感動した。母校である私立開成中学の大先輩であり、学友に日本海海戦の時の連合艦隊参謀・秋山真之や、生物学者の南方熊楠がいたことも小説家としての執筆意欲を誘った。同じく肺結核に苦しんだ俳人・尾崎放哉の生涯を描いた『海も暮れきる』をすでに発表しており、子規もまた同じように書けるのではないかと考えたのだ。

 ところが、未発表の日記「仰臥漫録」を繰り返し読むうちに自分の不遜さに気づく。子規は肺結核だけでなく、カリエスを患っていた。結核菌に骨まで侵され、脊柱が湾曲する難病だ。

「子規は激しい痛みに狂わんばかりになって、自殺を真剣に考えたりしている。結核患者であった私には腹痛、胸痛はあっても、『タマラン〳〵ドウシヤウ〳〵」というような痛みはなかった」(「私の仰臥漫録」『わたしの普段着』所収)

 痛みが違う――。献身的に介護する妹・律にさんざん文句をいい、殺したいと思うほど腹を立てる子規の凄絶な闘病生活は自分の時とは根本的に異なる。それが執筆をやめた理由だった。そんなことをいったら誰も他人の病について書けないではないかと思うのは凡人なのだろう。吉村は幼くして母やきょうだいら愛する家族を病で亡くし、自分もまた病に苦しんだ。痛みに嘘はつけない。たとえ小説であっても、子規の生涯を描くなら「痛み」こそが軽んじてはならない史実。吉村はそう考えたのではないだろうか。

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夜明けの雷鳴 医師 高松凌雲
吉村昭・著

定価:本体710円+税 発売日:2016年07月08日

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