
『烏は主を選ばない』は、若宮の近習である雪哉の視点で進む。この土地には東西南北の名を持つ4つの一族がいて、全体を統べる宗家の下で(あるいは裏で)力を得んと策謀を巡らしているという設定だ。先に書いた4人の姫たちもそれぞれの家から派遣されており、入内も権力争いなのである。
北の地方貴族の出である雪哉が、ひょんなことから若宮の側仕えに抜擢される。ところがこの若宮が実に奇矯な人物だった。自分勝手だし、無茶な命令は出すし、しきたりは破るし、花街にも通っているらしい。宮廷の中ではこの若宮、うつけと評判なのだ。
もちろんそこには理由がある。こういう設定にはつきもののお家騒動だ。彼の異母兄を世継ぎの座に着かせようと画策する者たちによって、若宮は命を狙われているのである。型破りな行動にはすべて意味がある。本書は若宮が裏切り者をあぶり出し、我が身の安寧を――ひいては国の安定を図るという物語なのだ。つまり、姫君たちのもとに顔を出さなかったのは、敵だらけの中で戦っていたから、なのである。なるほどそれじゃあ仕方ない。
本書の読みどころはまず、雪哉と若宮の掛け合いにある。雪哉もまた複雑な出生を持ち、ある理由で偽りの自分を他人に見せていた少年だ。しかし自分以上に複雑で、自分以上に見かけと本性の違う若宮を目の当たりにし、次第に素の自分を出すようになる。
ふたりの会話はまるで漫才のようで読んでいて頬が緩んでしまうこともしばしばだ。他の人物(いや烏物か)も含め、キャラクターが魅力的というのはこの著者の大きな長所だろう。
個性がはっきりしている分、ともすれば作り物めいて見えそうな人物造形だが、それに深みを与えているのが、誰が信じられて誰が裏切っているのかという謀略小説としての側面だ。そもそも雪哉も若宮も他人を偽っているのである。他の人物が見かけ通りのはずがない。前作で見せた「騙(だま)しの妙」は今回も健在で、真相は想像の右斜め後ろから飛んでくる。
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