東京ドームにひっそりと立つ石碑が伝えるもの
8月。盛夏を迎えプロもアマも野球界は一層熱く激しく華やかになり、球場では連日連夜喧騒が鳴りやまず。熱戦に沸く甲子園、そして東京ドームには5万人からの人々が全国から訪れる。野球好きにとってこの季節は特別な1カ月だ。
その一方で、8月は70年前の儚い思いをも運んでくる季節でもある。
大概の人は見逃してしまっているのだが、東京のど真ん中に建つドーム球場。その外れには、人目につかずひっそりと建つ石碑がある。
そこには〈第二次大戦に出陣し、プロ野球の未来に永遠の夢を託しつつ、戦塵に散華した選手諸君の霊を慰めるため、われら有志あいはかりてこれを建つ〉という文字と共に、70年前、太平洋戦争で散華した69名の職業野球選手の名が刻まれている。
本作『戦場に散った野球人たち』は、このともすれば、見逃してしまいそうな石碑の前から物語がはじまる。
著者は『昭和十七年の夏 幻の甲子園』で2010年度のミズノスポーツライター賞に輝いたノンフィクション作家の早坂隆氏。戦記モノを中心に硬軟あらゆる作品を世に送り出してきたが、最新作は『昭和十七年の夏~』以来となる“野球+戦記物”。
同作ではかの伝説の大投手・沢村栄治から、巨人軍1期生の新富卯三郎。巨人軍最強の捕手・吉原正喜。藤村富美男の前の“初代”ミスタータイガースとも称される景浦將。朝日軍のエース林安夫に、プロ野球唯一の特攻隊員・石丸進一。そして石碑には名前が刻まれていないアマチュア球界からは甲子園で二試合連続ノーヒットノーランを達成した嶋清一など、球史に名を残した7人の選手たちの足どりを追う。
淡々と語られるそれぞれの物語は、彼らがグラウンドで輝いた栄光の日々と、召集を受け戦地に赴き最期を迎えるまでを、華美な物言いや悲劇を煽るような書き方は極力排除し、圧倒的な事実と遺族の証言の積み重ねのみで語っていく。
南方のジャングルで、戦地へ向かう海上で、志願した大空で、命を散らした彼らは、その最期すら明確ではなく、遺族のもとには一片の遺骨すら還ってこない。戦争は職業野球の英雄にも、グラウンドで起こるような劇的な幕切れなど用意はしない。本書が持つリアリティにはそんな事実を改めて痛感させられる。
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