書評

【映画原作】『こんな夜更けにバナナかよ』山田太一さんによる文庫解説

文: 山田 太一 (脚本家)

『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』 (渡辺一史 著)

『こんな夜更けにバナナかよ 』(渡辺一史 著)

 ただ、鹿野さんは少しも絶望しない。それでもなんとか生き続けたいと思っている。病院や施設ではなく、独り住いの自分の家で生きぬきたいのだ。しかし、それには二十四時間いつも介護する人がいなければならない。何よりいつたまってしまうかも知れない痰を吸引して貰わないと、すぐ窒息死である。

 たった一日生きのびるためだけでも三人のボランティアが必要だ。いや、四人でも足りないかもしれない。

 その人たちを毎日毎日手配して、つなぎ止めておくリアリズムに感傷や甘えの入る余地はない。ボランティアは仕事ではないし義務でもない。気分や都合でいつやめられてしまうかもしれない。彼らの中には無神経に食器を扱って割ってしまう者もいるし、鹿野さんが楽しみにしていた菓子を平然と食べてしまう人もいるし、世話を忘れてマンガを読んでいる者もいる。

 それでも鹿野さんには他人の助けが絶対に必要で、その他人にウンチやオシッコをとってもらわなくてはならない。一人でいることができない。いつも他人がいてプライバシーもない。一人で泣くことも他人の目を避けることもできない。

 渡辺さんは、フリーのライターで、福祉や医療はまるで未知の分野だったという。友人から、その鹿野さんの家に多くの若者がボランティアに来ていると聞いて、どうしてそんなにボランティアが集まるのだろうと疑問と好奇心が湧いたそうである。「偉いもんだよなー。その人んちの玄関にさ、厚底グツが並んでるんだよ」と友人がいったという。厚底グツとは、若い男たちの頑丈な、汚れた靴のことではない。九〇年代後半から二〇〇〇年あたりに若い女性たちの間で大流行したトレンドの靴なのである。

 若い女性が集っている? 偉いもんだ?

「いずれにしろ、日々を切実に、ギリギリのところで生きている人に会ってみたくなっていた」


こんな夜更けにバナナかよ渡辺一史

定価:本体880円+税発売日:2013年07月10日