- 2015.10.29
- インタビュー・対談
概念的に汚いとか臭いとか思っているものでも、実はものすごく美しいんじゃないか――吉村萬壱×若松英輔(前編)
「本の話」編集部
『虚ろまんてぃっく』 (吉村萬壱 著)
ジャンル :
#小説
汚いものが、実はものすごく美しい
若松 文学における名作は常に、色と音と香りなどがそこに必然的に生じていることが、とても大事な条件だと思っているんです。別に、きらびやかな色でも、耳に麗しい音、芳しい香りでなくてもよい。吉村さんの小説だとそれは、ときに血のにおいだったりする。なかでもすばらしいのは色ですね。言葉の奥に、なんと豊かな、生き生きした色が生まれるんだろうと。お書きになった本人は意識されていないと思うんですが。
吉村 これは小説にも書いたことがあるんですが、原体験みたいなものがあって、僕、学生時代に旅に出て帰ってきたら、炊飯器のご飯が、そのままになってたんですよ(笑)。一週間ぐらいかな。ほんで、変な臭いに気づいて勇気を出して開けてみたら、七色だったんですよね。虹色のカビが、ほんとに美しかった。あと、工事現場の簡易トイレで、蛆虫がびっしり、くみ取りのウンチの上に宝石のように輝いているのを見た時。みんな動いているもんやから、陽光がさしてキラキラ輝いていた。その時に感じたのは、概念的に汚いとか臭いとか、思っているものでも、実はものすごく美しいんじゃないか。そのことに気づいて、これは書きたい、と思いました。
若松 眺めているとちょっとイヤだ、というものが、入ってみると、見え方が変わりますね。「観察する」と「生きる」ことはまったく違います。『虚ろまんてぃっく』は、ちょっと大げさに言うと、読者に「観察する」ことを許さない。遠くから見て汚いとかきれいとか言うのをやめろ、この中に入ってみろ、この世界に生きてみろ、と言っている。作者である吉村さん自身がそんな感じでしょう。たぶん自分で何をお書きになっているのか、半分くらいわかるけど半分わからない、そうしたことがとってもいいなと思うんです。
吉村 僕、体験型の作家なんですよ。体験と言っても偉大なことをするわけではなくて、しょうもないこと、最もくだらないことを実際にやってみる。だからこの『虚ろまんてぃっく』に書いてあることの8、9割は僕、体験してますね(笑)。体験してみたら、体験する前に抱いていた感じとは、まったく180度違うことがありますからね。
たとえば、海水浴に行ったとき、日本海の、越前の海というのは、上から見ると真っ黒なんだけれども、飛び込んでみるとものすごい透明なんです。透明で底まで見えて、空を飛んでいるような感じ。あるいは、人をゲンコで殴ったときの、すごく嫌な感触、嫌な感じ。そういうものは、小説家にとっては財産なんです。
若松 現象的に書かれていることと、この物語が生み出していることは質的に違うのではないでしょうか。書かれていることの8、9割を吉村さんが実際にやったとする。でも、小説は書かれていることだけで終わるわけでは全然なくて、そこに数倍する「語られざる世界」があって、読者が読み解いているのは実はそちらなんです。この小説は300ページだけど、実は何千ページの本で、わたしたちが読んでいるのは、何千ページの本。だから一人一人の読者によって、読まれ方が違うということになる。
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