書評

音楽好きのための“人間嘘発見器”考察

文: 佐竹 裕 (コラムニスト)

『シャドウ・ストーカー』 (ジェフリー・ディーヴァー 著/池田真紀子 訳)

 本書『シャドウ・ストーカー』は、じつはディーヴァーにとって特別な作品である。

 ディーヴァーには、昔から情熱を傾けるものが二つあった。言葉と音楽だ。ありとあらゆる本を読んで小説や詩を書きまくってきたのと同時に、ボブ・ディランやジョニ・ミッチェル、レナード・コーエン、ポール・サイモンのようなシンガー&ソングライターになることを夢見てもいた。とはいえ、書くことには自信があっても曲作りにはそれほどの才能がないと自覚してはいて、プロの作家となったこともあり、せめて自分の小説に自作の歌詞を登場させられる機会が訪れないかと考えていたという。

 そのあたりの事情は、自身のホームページ(http://www.jefferydeaver.com/)にも詳しいのでご参照いただくとして、アンソロジー『A Merry Band of Murderers』(二〇〇六年)のために書き下ろした「The Fan」という短篇小説で、初めてそんな試みを実践する機会が訪れた。そしてその数年後には、本書『シャドウ・ストーカー』で本格的に自作の歌詞をいくつも披露することになった。そこでディーヴァーは、一部の歌詞に事件の手がかりが隠されているという、凝った趣向に挑んだのだ。

 物語は、キャサリンが休暇で訪れたフレズノが舞台。友人であるカントリー&ウェスタンの人気歌手ケイリー・タウンに会いに行ったところ、彼女がストーカーの深刻な被害に遭っていると知らされる。ファンの一人であるエドウィンという青年が、ファンに送られる定型の返信メールを曲解し、自分がケイリーに愛されていると思い込んでしまったのだ。メールアドレスを変えても新規のアドレスをどこからか手に入れて、執拗にメールを送りつけるエドウィン。やがてケイリーのライブイベントの責任者であるボビーが惨殺され、その後もケイリーの書いた歌詞になぞらえた事件が次々と発生していく。はたして神出鬼没のストーカー、エドウィンがほんとうに殺人者なのか……?

 事件の鍵にもなるバラード「ユア・シャドウ(Your Shadow)」をはじめ、ケイリー作(もちろんディーヴァー作)のカントリー・ソングの歌詞は、巻末にすべて掲載されている。アルバム一枚分まるごとだ。これらの歌は、作中への歌詞掲載だけに終わらず、実際にプロのカントリー・ミュージシャンによる演奏でレコーディングされ、一枚のアルバムとして発表されることになった。仕掛け人となったのは、クレイ・スタッフォード。ナッシュヴィルで映画/舞台/音楽などを扱うインディペンデント系レーベルを経営していて、今回のサウンドトラックを具体化する企画をディーヴァーに持ちかけた。

 こうして完成したアルバム『Jeffery Deaver's XOThe Album)』(二〇一二年)はヴォーカルを担当したトレヴァ・ブロンクィストの名義で、全曲ジェフリー・ディーヴァー作詞、クレイ・スタッフォード&ケン・ランダーズ作曲による全十一曲を収録。インターネット上で試聴もできるし、アマゾン等からダウンロード購入も可能だ。

 このトレヴァ・ブロンクィストなる女性アーティストはカントリー/フォーク系のシンガー&ソングライターで、ディーヴァーの愛するジョニ・ミッチェルあたりの雰囲気を漂わせる世界観が特長。二〇〇六年にデビュー・アルバム『Plain Vanilla Me』を自主製作で発表後、『As It Should Be』(二〇〇八年)、『These Fading Things』(二〇一一年)、『So We Would Know』(二〇一三年)、『The Risk & The Gift』(二〇一六年)と、ミニ・アルバムも含めて計五枚のアルバムをリリースしている。作曲のみならず編曲とキーボード演奏、音楽監督も手がけているケン・ランダーズは、「モダン・デイ・ジライラ」のスマッシュヒットを持つシンガー&ソングライター、ヴァン・スティーヴンソンが所属していたカントリー・ロック・バンド、ブラックホークのアルバムでエンジニアを務めたりもした。

 本作でストーカーに狙われることになるケイリー・タウン。はて、彼女のモデルとなったのはいったい誰なのかと思ったのだけれど、特定は難しそうだ。伝説のカントリー歌手である父親を持ち、幼い頃からオリジナル曲を披露していた美人シンガー。コンテンポラリー・カントリーのアーティストだとしたら、父親が高名なアーティストで一九七〇年代に「ローズ・ガーデン」等のヒットによってスターとなったリン・アンダーソンあたりが思い浮かぶ。とは言っても、リンはソングライターではないので、幼い頃から曲を書いていて、ホイットニー・ヒューストンによるカヴァーが大ヒットした「オールウェイズ・ラヴ・ユー」やオリビア・ニュートン=ジョンの「ジョリーン」など、数々のヒット曲を世に送り出したドリー・パートンなどのほうがイメージに合う気もする。カリスマ的な作詞作曲の才能にアイドル顔負けの美貌がプラスされているということでは、今をときめくテイラー・スウィフトを想起する読者も多いのではないだろうか。小生としては、ティム・マッグロウ夫人のフェイス・ヒルやシャナイア・トゥエインあたりの美女シンガーを頭に置きながら、本作を読ませてもらったのだけれど。

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シャドウ・ストーカー 上
ジェフリー・ディーヴァー・著/池田真紀子・訳

定価:本体760円+税 発売日:2016年11月10日

詳しい内容はこちら
リンカーン・ライムシリーズ 特設サイトはこちら

シャドウ・ストーカー 下
ジェフリー・ディーヴァー・著/池田真紀子・訳

定価:本体780円+税 発売日:2016年11月10日

詳しい内容はこちら
リンカーン・ライムシリーズ 特設サイトはこちら



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