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〈特集〉デビュー二十周年 山田詠美の世界<br />私が惹かれる男のたたずまい

〈特集〉デビュー二十周年 山田詠美の世界
私が惹かれる男のたたずまい

構成:「本の話」編集部

『風味絶佳』 (山田詠美 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

――「夕餉」では、ゴミの清掃作業員に恋をした元主婦が、料理のディテールを魅力的に、言葉で表現しています。

 この作品(「夕餉」)を書く前には、ゴミや清掃作業員に関する本や資料を山ほど読みました。今や私は日本一ゴミに詳しい作家になったはず(笑)。でもそこで、あえてゴミのことをメインには書かなかった。

 私の日常生活の中でゴミと最も密接につながっているのは何かと考えた時、料理だなと思ったんです。

――ひたすら料理の手順を書き連ねていくだけで小説を成り立たせている恐ろしく技巧的な作品であるのに、読み手の食欲をひどくそそる。これは、マジックと言ってもいいかもしれません。

 もともと料理は好きだし、どのように書いたらリアリティが出るかと考える作業は楽しいものでした。同時に、その料理を無邪気に美味しそうに食べてくれる、いたいけな感じの男こそ、私の理想かな、とも思いました。

――「風味絶佳」では、作者の理想と思われる部分が、男ではなくおばあちゃんになっていると考えてよいのでしょうか。孫にグランマと呼ばせて、赤いカマロを運転する不二子さんは、とても印象的です。

 確かに不二子さんは、私の理想像といえます。助手席に男を乗せて必需品とか言っている七十歳のおばあちゃんて、何かいいでしょう。

 この小説では、青梅線を舞台にしたことで広がった部分があります。私のホームグラウンドだから、見てきたもの、体験してきたことを思い出しながら忠実に書いていくことができたと思います。

何かを引き寄せる瞬間

――表題でもある「風味絶佳」という言葉はとても目をひきますが、どのように行き着いたのですか。

 スーパーで仕事中に口に入れるためのチョコレートを探していたら、ふと森永のミルクキャラメルの箱が目について……。そこに書いてあった風味絶佳という文字が飛び込んで来たんです。ああ、これだ! もしかしたら、私が求めているものはこれかもしれない。私にしかわからないフレーバー、味わえない価値観を正確に言葉にしていけばいいんだ、と。短篇集全体の方向性がこの瞬間にはっきり決まったような気がします。

――それでは、最初から風味絶佳という言葉に注目していたわけではないのですね。

 そもそも、森永のミルクキャラメルの箱に滋養豊富、風味絶佳と書いてあることなんて知らなかったし、普段であればパッケージそのものが目に留まることもなかったでしょうね。この時は、ストーリーは決まっているのに、タイトルがなかなか決まらないなと思っていたところだった。一つの作品を作ろうと没頭している時期って、何かを引き寄せることがあるんです。

トホホな部分になぜかキュンと来る

――「海の庭」に出てくる引越作業員の作並くん。彼は少し情けないところもあるけれども、独特の風味を醸し出しています。

 友達からも、作並くんのモデルになった人がいるのなら紹介して、と言われました(笑)。私自身、万人が認めるようなカッコよさではなく、彼のように情けないトホホな部分がある人に惹かれてしまう習性があるんですね。何でこの人のこんなところにキュンと来るんだろうというような……。

――四十歳を越えた男女が初恋をやり直そうとする庭という空間にも、何とも妖しく官能的な空気が漂っています。

 子供の頃住んでいた家の庭を思い出しながら書きました。小さい時は、鳥とか虫などがたくさんいて、何だか怖いなと思っていたりもしたんだけれども、今考えると、庭というのは日本情緒の最たるものだなと感じます。なぜ、あの頃はそれに気づかなかったのだろう、もう一度大人の視線で情緒を味わいながら書きたいな、と。半分、リベンジみたいなものですかね(笑)。

――一方、「アトリエ」では、麻子という非常に閉じた暗い雰囲気の女性に好意をいだく排水処理の作業員が登場します。完全に二人だけの世界を作り出していますね。

 この小説では、完璧に閉じられた世界でこそ生まれる鬱々とした官能を隙間なく書きたかったんです。私自身も息が詰まる思いでした。

――麻子は、山田さんの小説の中では特異なキャラクターともいえます。あえて彼女のような女性を書こうと思ったのはなぜでしょう。

 よく言われるんです、詠美さんの作品の中で麻子みたいな女性って出てきませんでしたよね、って。でも実は、私自身、彼女に近いところがあるんです。本当は私もお出かけするよりは、男の人と二人でまゆの中にいるというのが好きなタイプだから。

――ではご自身の中にもはっきりと共有する部分があるわけですね。

 そう。でも彼女の場合は、ともすると不思議ちゃんになってしまいがちなところを、その手前でギリギリ止めるということを強く意識しました。

 簡単に書こうとすると、結局は精神に異常をきたしているということで片付けられてしまうんですよ。こういうシチュエーションではどんな行動をするのか、この精神状態であり得ないリアクションなどを画策するために図を描いたりもしました。それに加えて、排水処理というほとんど知られていない職業の男性を一人称で書くというのは非常に難しい作業でした。

――最後の「春眠」では、火葬に携わる父(梅太郎)とその家族が描かれています。生と死の影が色濃く滲み出た、短篇集のラストを飾るにふさわしい小説だと思います。

 最後の作品ということもあり、あえてハードルを高くして、自分の全く知らない世界に挑戦しました。

 実はこの単行本の校正ゲラが届いたその日に、伯父が亡くなったんです。葬儀に出席して火葬場まで行った時、この小説の梅太郎と同じたたずまいをした従業員に会った。その時に、ああやはり「春眠」は最後に書くべき作品だったんだなと感じました。

【次ページ】作家の快楽

文春文庫
風味絶佳
山田詠美

定価:682円(税込)発売日:2008年05月09日

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