作家の快楽
――山田さんが二十年のキャリアを重ねながら、なおも一篇一篇に新しい挑戦があるのは驚きです。
それぞれの職業に独特の専門用語などもあり、それらを取ってつけたようにではなく、小説に取り込んでいくというのは大変な作業でした。「間食」の鳶職以外は、基本的に担当の編集者に取材をしてもらい、膨大な資料と取材メモを何度も何度も読み込みました。
そういった意味では、すべての職業に対してリスペクトがあったし、自分が知らない世界を書くからこそ、誠実に向き合うことができたのではないかと思います。
――各作品のトーンもどれ一つとして同じものがない。登場人物との距離のとり方にしても、女性の一人称で書いたり、逆に男の視点から三人称で書いたりと、実に多様ですね。
同じものを書かない、常に新しいことをやるというのは意識しています。デビューしたばかりの新人であれば、六篇すべてを一人称で書いてしまったりするのかもしれない。でも、私はもう二十年もこの仕事をしているのだから、そのあたりのテクニックは自分で意識して使っています。むしろ、技術的なことだけでは書けない部分を取り込もう取り込もうとするから難しかったのかもしれない。
――小説のテクニックに関しては、山田さんはデビュー当初から一貫してとても意識的だったのではないでしょうか。
だからこそ、職人に惹かれるのかも。
――贅沢な作品集であるが故に、一気に読んでしまうのが何となくもったいない。一日一篇以上読んではいけないような気がします。
今回の作品集は締め切りに追われて書くというのではなく、自分自身で高いハードルを設定してそこに行き着くまで我慢しました。
「間食」の一行目に至る前は、これは大変なことに手を出してしまったかもしれない、と思ったこともありましたが、「春眠」まで書き終えた今は達成感が大きいですね。確かにこれほど一作一作に対して丹念に時間をかけたことはなかったので、ひとつひとつ味わうように読んでほしいと思います。
――島田雅彦さんが「山田詠美は、膨大な量の読書を血肉化して小説を“実学”にまで高めた」と評しているのはおもしろいですね。
実学、という言葉で私の小説を評していただいたのは本当に嬉しいことです。役に立たない小説は読んでいても面白くないし、書きたくもない。物理的に役に立つということではなくて、本を読んだあとに得したと思うものを書きたいんです。私も小さい頃から本を読んで何度も救われたことがあるから。
人を救うために小説を書こうなんて、大それたことは考えていないけれども、私の小説を読んで救われたと思う人がいるのなら、それは一番の快楽です。
※完全版「山田詠美インタビュー」は2005年6月7日発売の「文學界」7月号に掲載しています(このインタビューは「本の話」編集部が抜粋して独自にまとめたものです)。
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