2004.01.20 書評

「痴呆症」をきちんと理解する大切さ

文: 久田 恵 (ノンフィクション作家)

『親の「ぼけ」に気づいたら』 (斎藤正彦 著)

 ある朝のことだった。

 父がベッドの脇で途方に暮れていた。

「どうしたの?」と聞くと、「わしはなにをするんだ?」と心細そうにつぶやいたのである。

「着替えて、顔を洗って。いつものように」

「そうか。着替えるんだな……」

 父は当時八十六歳。脳血栓で倒れ、半身麻痺と重い失語症になった妻を娘の私と一緒に十三年間も介護を続け、ついに彼女を亡くし、三年ほどが過ぎた時だった。

 私は父が軽い脳梗塞を起こしたのだと思った。すぐに病院に連れて行って調べてもらうと、医者からは、脳虚血発作、と言われた。

「脳の周辺部分の細かい血管が詰まっていますね。ま、お年なのだからしょうがない」

 梗塞予防の薬を飲むことになったが、しょうがない、と医者にあっさり言われ、そうか、誰でもこうやって老いていくのだとあきらめるしかなかった。

 母は亡くなる前の二年半ほどを近所の有料老人ホームで過ごしていたので、私は「ぼけ」た高齢者(そのホームでは「お分かりにならない方」と呼んでいたが)とは親しんでいたし、いささか高齢で「ぼけ」た父に介護が必要になったことを淡々と受け止めたのである。

 けれど、傍でお付き合いするのと、二十四時間、一緒に暮らすのでは大違いだった。着替え、食事、排泄、日常のほとんどすべてに声掛けや介助が必要になり、とりわけ、どっかにスイッチが入ると(私にはそう思えた)父は行き先も告げずに衝動的に出掛けてしまうため、次第に片時も一人にしておくことができなくなっていった。

 頑固で厳しかった父は、物を言わなくなり従順な幼子のようになった。介護をしながら、時折、悲しみに襲われた。かつての父はどこへ行ってしまったのか、と。高齢になって生じた父の「ぼけ」は、私にとっては父の喪失だった。一人ぼっちで取り残されてしまったような思いだった。

 そんなわけで、斎藤正彦著の『親の「ぼけ」に気づいたら』は、その一行、一行が深く身にしみた。

 そもそも、自分の親に起きた事がいったいどういうことで、その起きたことがこれからどうなっていくのか、それが分からないと、介護者は常に不安にさいなまれる。起こったことに一喜一憂し、なにかと情緒不安定になるのである。

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親の「ぼけ」に気づいたら
斎藤正彦・著

定価:本体750円+税 発売日:2005年01月20日

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