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東大の同級生作家が語る、「ぼくのお薦めミステリ百冊を読破した未須本君」

東大の同級生作家が語る、「ぼくのお薦めミステリ百冊を読破した未須本君」

文:小森 健太朗 (作家・評論家)

『推定脅威』 (未須本有生 著)

出典 : #文庫解説
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 以上のエピソードから彼の人物像は、ある程度、彼を直接は知らない読者にもイメージが形成できるのではなかろうか。博学な知識と多方面への関心をもち、多方面にわたって優秀な才気を発揮していて、また彼が認めた存在からは学ぶ態度をもっている。その学びがときとして、教える側を超えて、非常な変容をもたらすことがある。その最良の成果といえるのが、ここに彼がこうして上梓したこの作品だろうと思う。

 とは言いつつ、この小説を初めて読んだときには正直驚いた。筆者のよく知っている彼が、いつの間にかこんな小説を書けるヤツになっていたとは――! というのが最初の率直な感想であるが、同時に、この表現する能力をもってすれば、こんなに実地の経験と知識に裏打ちされた強みをもつ小説家は、この国にそうそういない、そういうアドバンテージをもっていることを思い知らされた。著者は実際に航空機の設計に携わってきた、実地の経験をもつものとして、外からの取材だけでは到底知り得ないような内情を知る立場でこの題材の話を書くことができる。その強みは、たとえ読者が著者の経歴を知らずにこの小説を読んだとしても、充分に実感できるところがあるのではなかろうか。

 ものを書く立場にたってみた場合、知らない業界の話を書く必要にせまられると、いろいろと困難に直面する。取材をして勉強をすれば、その業界についての情報を得ることはできるから、その情報をもとに、想像をまじえてその業界の様子を書いたりはできるが、その内部にいるものにしか書けないことがらというものがあって、それはその業界の内実を主題的に書いている箇所よりはむしろ、非主題的な日常描写や背景のさりげない記述にあらわになる。何気ない日常の気分や何気ない一言が、その世界の内部にいるものにしか出せないものだったりする。この小説を読んでいて、随所にそういう箇所がちりばめられているのを感じた。

 その人物が生きている世界には、その世界なりの色分けがあり区分があり、態度や姿勢がそれぞれに異なり、丸山圭三郎の言葉を借りれば、その住む世界に応じて人はそれぞれに〈言(こと)分け〉をしている。その世界の内実を知らないものが書くときに直面するのがそういう〈言分け〉を書く困難さであり、読む側としては、そういう非主題的な〈言分け〉の描写にリアリティや説得力を感じる。この小説を読めば、著者の経歴を知らずとも、この業界のことを内部から著者がよく知って通じていることが、おのずとわかることだろう。

 この小説の主要人物である倉崎は、まったくそのままではないにしても、著者自身の人となりが濃く反映された人物造形がなされていると見受けられる。その倉崎が、頭脳明敏なヒロインと、謎をめぐる推論などで冴えた会話をかわしているのが、この作品の最大の読みどころにあげられるのではなかろうか。筆者が見聞きした範囲でも、彼が楽しそうに他の人と冴えた会話を展開していることもあれば、ものわかりの悪い相手にいらだったりしていたこともあり、小説内の冴えた女性パートナーというのは、たぶん著者のひとつの理想と願望の反映だろうと思えるところがあり、読んでいて微笑を禁じ得なかった。

 

 小説には〈何を書くか(What to Write)〉と〈いかに書くか(How to Write)〉という面があり、航空機業界に身を置いてきた未須本氏が、小説にできる材料となる経験をもっているのは知っていたが、それだけでなく、本書を読めば著者が〈いかに書くか〉についてもすぐれた能力を身につけているのがわかるだろう。著者の言によれば、筆者との交流を通してそれを学んだ面があるそうだが、より正確には、好奇心旺盛で多方面にアンテナをのばしている彼の学びの姿勢、そして貪欲に吸収できる彼の学習力の高さがそれを彼に得させたのだと思う。大学時代にこのような著者と知りあえたことは、筆者にとっても大いなる幸運であったと思う。本書を通して、作家・未須本有生の作品が多くの人びとに伝わることを願いたい。

推定脅威
未須本有生・著

定価:本体740円+税 発売日:2016年06月10日

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