医療従事者に感謝と敬意を示すための「ブルーインパルス」の展示飛行を見て、航空機のかっこよさを改めて感じた人も多かったのではないだろうか。未須本有生さんの最新作『音速の刃』は、航空機開発にかかわる技術者たちの活躍を描いた傑作サスペンスだ。
ブルーインパルスが東京上空を飛んだ意義。
「ブルーインパルスの飛行は、やはりかっこよかったですね。このための費用がもったいないという人もいらっしゃいますが、普段も、航空自衛隊の松島基地などで訓練をしていますから。
ただ東京スカイツリーができたことで、高度制限が厳しくなり、意外と高いところを飛ぶんだなぁと感じました。東京タワーだけだった頃なら、あと300メートルは低く飛べたのかな、と。
延期されてしまいましたが、東京オリンピックの開催前に、上空から新国立競技場などがどう見えるのかを、パイロットが実際に視認できた面でもメリットはあったと思います」
航空機の事故には必ずウラがある!
『音速の刃』は、大手国内航空機メーカー・四星工業が初めて、民間の中型ビジネスジェットの開発に乗り出すプロジェクトを描いている。これまでは、防衛省からの発注で、戦闘機や練習機などを生産してきたが、「官需偏重体質からの脱却」を目指して新プロジェクトが発足。そこで抜擢されたのが、長谷川という若きエンジニアだった。
冒頭には、2019年4月に実際にあった、航空自衛隊三沢基地(青森県)のステルス戦闘機F-35が青森県沖の海上に墜落した事故が描かれている。防衛省はその後、事故原因は、「パイロットが平衡感覚を失うバーティゴ(空間識失調)に陥り、かつその自覚がなかったことによる」と推定されると発表した。
四星工業のエンジニア沢本は、F-35の墜落について、「航空機の事故には必ずウラがある」と疑問を抱く。自身も戦闘機開発の過程で事故を経験しており、このことが教訓となっているのだ。
本作でも、開発の過程で社内のパイロットが死亡する事故が起き、四星工業は窮地に陥る。
「航空機の事故にはウラがある、というのは、長年、航空機の開発に携わってきた私の印象です。作品内にも書きましたが、航空機の事故は、複数の事象が絡みあって発生する場合もあるし、通り一辺倒の検証や実験では、現象が再現しないこともあります。同じ過ちを繰り返してはいけない、と考えるエンジニアたちは、誇りをかけて、真相に迫ろうとします」
「航空機事故の真実」というタブーに切り込んだ今作は、大学の工学部航空学科を卒業後、大手メーカーで、航空機の設計に携わった著者にしか書けないものだろう。
エンジニアにとっての「戦闘機製作とビジネスジェット開発」。
もう一つの読みどころは、官から発注を受ける戦闘機を作る部門と、民間機を作る部門の取り組み方、考え方の違いである。
著者は、航空技術者たちの理想を、物語に落とし込んだという。
「戦闘機や軍用の練習機は、高いGをかけたり、超音速で飛行するため、最高レベルの機動性能を持っています。自由自在に空を飛ぶ機体を作りたい、というエンジニアの願望が詰め込まれています。
一方で、自分の作った飛行機を広く知らしめたい、という願いもあるんです。それが叶うのは、世界中の顧客にセールスをかけられる民間のビジネスジェットなんです。この両方にかかわることができた、小説内のエンジニアはとても幸せだといえます。
彼らが下す最終決断は、読者を驚かせるかもしれないですが、『自分がこの立場に置かれた技術者なら、こんな決着をつけるかもしれない』という思いで書きました。とはいえ、それができなくて、航空小説を書き続けているのですが(笑)」
みすもとゆうき 1963年、長崎県生まれ。東京大学工学部、航空学科卒業後、大手メーカーで航空機の設計に携わる。1997年より、フリーのデザイナー。2014年、『推定脅威』で、第21回松本清張賞を受賞。他の作品に『リヴィジョンA』、『ドローン・スクランブル』、『ファースト・エンジン』、『絶対解答可能な理不尽すぎる謎』がある。
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