前掲の表をみてもわかるように、王は、戦争、宮廷、王室のためには金に糸目をつけないくせに、肝心のフランスの国内行政には、極端に出費を抑えている。そのうえ、税金が課されない聖職者と貴族には年金が支給されていたのだ。
さらに驚嘆すべきことに、フランスはアメリカの独立戦争に20億リーブルも援助していた(『詳説世界史研究』:木下康彦・木村靖二・吉田 寅、編 山川出版社より)。王は、フランス人民に対する慈愛を毛ほどにも持たないうえに、たいそう見栄張りなのだ。
この「国王への会計報告」が刊行された数年後、1789年にフランス革命が起きたことはあまりにも有名だが、私は、上記のデータを見ながら、
「革命を起こしたフランスの人民たちよ、私は、あなた方の行動を強く支持する」
と叫びたい気持であった。
本書を読んでいると、会計に暗かった王と特権階級が国家を破滅に追い込み、会計情報によって支配者のデタラメぶりを確信した民衆が、ついに社会体制を倒したことがわかるのだ。
さて、時代は下って20世紀に移る。
ドイツのヒトラーは、政権を握った当初、原価計算などの会計管理を行っていた。しかし、のちに彼は、政府の原価計算を廃止し、会計データの収集を大幅に縮小してしまった。
それには彼なりの理由がある。彼は、帳簿の記録をみるうちに、戦争がいかに重い経済負担を伴うものであるかを知ったのだ。
狡猾なヒトラーは、正しい会計情報が戦争遂行の最大の妨げになることに気づいた。そのため彼は自分の野望(もちろん彼の強い虚栄心が混じっている)のために、会計情報をシャットアウトしたのだ。彼は彼で、たとえ莫大な犠牲を払っても、この大戦争に勝利してヨーロッパを支配すれば帳尻が合うだろうなどと皮算用をしたに相違ない。その彼は、自国とヨーロッパを地獄に引きずり込んだのだった。
このように、帳簿によって得られる会計情報とどのように向き合うかによって、国家、企業をはじめとして、組織の命運は大きく左右される。もちろん個人の人生行路も例外ではない。会計情報を活かした人は富み栄え、疎んじたり無視したりした人は衰退する。世界史には、そのような実例が満ち溢れている。本書は、これを余すところなく書いている。けだし、名著である。