書評

世界にはまだまだ凄いミステリ作家がいる

文: 千街 晶之 (ミステリ評論家)

『死のドレスを花婿に』 (ピエール・ルメートル 著/吉田恒雄 訳)

 そして、邦訳された著者の二作品を続けて読むと、そこには幾つかの顕著な共通点があることに気づかざるを得ない。ひとつはもちろん、予想不能の意外な展開で読者を翻弄する小説作法だが、何故予想が難しいのかといえば、著者が登場人物を生ぬるい境遇に置くことを絶対しないからでもあり、登場人物そのものが、常識的にはそこまでやらないだろうという極端な行為に平然と手を染めるからでもある。天国から地獄へ、あるいは地獄から天国へ――バロック絵画の鮮烈な明暗対比(キアロスクーロ)のような登場人物の境遇の乱高下によって、読者の感情もまた激しく揺さぶられる。ルメートルという作家にとって、極度の意外性を重視したプロット作りは、何よりもまず読者の感情に揺さぶりをかけるためのものなのだ。

 次の共通点は、最初は捉えどころがないイメージで登場するヒロイン像である。アレックスが、読み進めるにつれて印象が変わる、一筋縄では行かない女性だったのと同じように、本書のソフィーも、一体どういう女性なのかと読者をとことん困惑させた果てに、“その女ソフィー”と呼びたくなるような鮮やかなイメージを刻みつけて物語世界から去ってゆくのだ。アレックスとソフィー、彼女たちの性格に共通するのは、圧倒的な力で押し寄せる運命に流されることなく、いかなる屈辱や窮地にもしぶとく立ち向かってみせるタフネスである。『その女アレックス』同様、本書もヒロインの描き方が生彩を欠いていたならば、きっと作品全体の魅力が半減していただろうと思うのだ。

 更に、「事件が解決してめでたしめでたし」などと単純に言ってはいられない、読者の倫理観を厳しく問いつめるような幕切れにおいても、ルメートルの二冊の小説は大きな共通性がある。『その女アレックス』のあの決着については、「果たしてこれでいいのか」という疑問が湧いた読者もいた筈だ(湊(みなと)かなえのベストセラー『告白』の結末についての感想が分かれる現象に似ているかも知れない)。本書のほうは、恐らく『その女アレックス』に較べれば決着に抵抗感を覚える読者は少ないと予想されるけれども、その手段を選ばぬ「目には目を」の苛烈さはなかなかのものである。暴虐の限りを尽くす悪に対する「こいつだけは許せない」という感情と、「だからといってこの手段はフェアなのか」という理性のあいだで、読者は揺さぶられ、自らの倫理観を問い直さざるを得なくなるだろう。いや、そのように感情と理性を冷静に天秤にかけている場合なのか、ひとりの人間を見舞ったこれほど残酷な運命を目の当たりにして、倫理がどうのという綺麗事を言っている場合なのか――という思いさえ抱く筈だ。生身の人間ではなくフィクションの登場人物に対してそのように感じるというのもおかしな話だが、そう感じさせるだけの生々しい存在感をルメートルの描く人物が具(そな)えているのも間違いないのである。

 ともあれ、『その女アレックス』を既読の方は、是非本書も手に取っていただきたい。超弩級(どきゅう)の意外性と、胸を掻きむしられるような情動を兼ね備えたあの読書体験を再び味わえるのだから。そしてもちろん、『その女アレックス』を未読の方にも本書を読んでいただきたい。世界にはまだまだ凄いミステリ作家がいるという新鮮な発見をこれから体験できるのだから。

死のドレスを花婿に
ピエール・ルメートル・著/吉田恒雄・訳

定価:本体790円+税 発売日:2015年04月10日

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その女アレックス
ピエール・ルメートル・著/橘明美・訳

定価:本体860円+税 発売日:2014年09月02日

詳しい内容はこちら  特設サイトはこちら


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