「愛とエロの伝道師」。町山智浩さんはそう呼ばれていた。時には「愛と平和を語るエロ・キング牧師」というのもあった。いずれにしても愛とエロは欠かせない町山さんへの枕詞だった。映画評論家・町山智浩ファンには申し訳ないが、彼一流の熱弁と説得力に、師という言葉は相応しい。本人は嫌だったかもしれないけど。
町山さんとはTBSラジオ「ストリーム」という番組で仕事をさせてもらった。「コラムの花道」(後に同名で出版された)というコーナーで毎週火曜日、他の日本メディアでは取り上げられないレアなアメリカ情報を伝えてもらった。回を重ねるに連れて伝道師町山さんは映画のみならず、アメリカの政治・社会そのものを広範に語る回が増えた。アメリカ映画をその背景から語ることは必須だろうが、イラク戦争直後ということもあって時代そのものが時局的コメンタリーを必要としていた。その後何冊もコラム集を上梓されたが、それらは大抵読ませていただいている。みんな間違いなく面白い。「ストリーム」時代の町山節が、懐かしい。
ラジオの町山さんは、吠える。手際よくディテールを積み重ねておいて、ここぞというタイミングでパンチを繰り出す、真似の出来ない言わば「キレ芸」だ。そのパンチの部分は本書のコラムでは、オチになっている。町山コラムの特徴の一つだ。ほぼ毎回、オチで締めるというオチの病。読者もオチオチしていられない。
例えば、クリント・イーストウッドの渋い作品を論じた最後に、「66歳で35歳年下の現夫人を妊娠させたnever too oldなマグナムなのだ」(p.72)とか。私には年収240万円の庶民のフリはできないのと開き直る女優グウィネス・パルトロウには、「女優だろ、演じろよ!」(p.397)。また、インターネットに世間を怒らせる書き込みをして喜ぶ輩のことをTrollと呼ぶが、「ま、日本にも石原慎太郎という特大トロールがいるけどね」(p.217)と、相変わらず毒は健在だ。他にもオヤジギャグあり(フータリーのため世界はあるの:武装民兵組織Hutaree Militiaの話)、自虐オチあり(私も一家の主人として調教されてだいぶ家事ができるようになりました!:人妻向け調教大好きポルノ「グレイの50の陰」の話)、そのサービス精神には脱帽させられる。
虫の目と鳥の目という表現があるが、町山コラム2つ目の特徴は、このミクロとマクロの目を自在に往復することだ。例えば司法ニュース。日本ではマイナーだし、海外の法曹界情報はもっとマイナーだ。特派員ならベタ記事扱いだろう。アメリカの連邦最高裁判事は上院が審議したうえで承認される。オバマが指名したユダヤ系エレナ・ケイガン氏にたいする保守派議員の巧妙なユダヤ人攻撃に町山氏は注目する。彼女の絶妙な切り返しの解説は本文に詳しいが、アメリカ政治が息の詰まる言葉の対決によって展開する瞬間を見事に切り取っている。因みに連邦最高裁判事承認公聴会はパパ・ブッシュの時代にクラレンス・トーマス(現)判事に部下に対するセクハラがあったとか、なかったとか、果ては陰毛がどうしたこうしたなどと、最高裁の品位として如何なものかとも思える、juicyな議論があった。要注目の分野ですね。無味乾燥な人事案件という鳥の目から、虫の目に降りる。特派員系には難しい技だ。