同様に、IIは家庭小説の色が深いし、IIIは芸術小説の傾向が強い(なかでも絵筆をあつかった「いのち毛」は傑作)。IVは芸能小説のおもむきが濃厚だし、そして本書のVは……いや、これは読者の判断にまかせよう。とにかく主人公が毎回変わり、それにつれて題材も変わる。それがこのシリーズの基本的な、しかもきわめて個性的な構造なのだった。
なるほどね。これなら目先がくるくる変わって飽きませんね。
などという単純な話ではたぶんない。作者にはそれ以上のねらいがあるのだろう。そのねらいとは、寛政期というこの魅力あふれる日本史の一時代を、点ではなく、
「面」
でとらえるところにあるのだと思う。
ひとつの時代を、政治の視点から見る。家庭の視点から見る。芸術の視点から見る。それはもちろん価値のあることだけれども、それらの点をたくさん集めれば線になる、線がふえれば面になる。ちょうど有能な君主が着々と版図をひろげていくように、作者は一冊ごとにこの過ぎ去った時代の社会をいっそう広く、いっそう強固に定着させていく。興趣あふれる小説に仕立てなおしていく。「だましゑ」シリーズが単なるエンターテインメントの域を超えた、言葉のほんとうの意味での時代小説である理由は、ひとつには、ここにあるのではないだろうか。
そしてそれはもちろん、私たち読者がこのシリーズをこれまでも愛し、これからも愛しつづける理由でもある。物語にひたる愉しみという点では、「だましゑ」シリーズは、読者を決してだまさないのだ。
なお、これも従来からの読者には言わずもがなだが、「だましゑ」シリーズには右の五作のほかにも、やや系列を異にした、
VI『京伝怪異帖』(二〇〇九年)
一巻がある。文庫版でははじめ講談社刊、現在はやはり文藝春秋刊。
異系列とは言いながら、平賀源内や蘭陽というような人物たちが変幻自在に活躍する点では本書『源内なかま講』とのつながりが強く、はじめての読者が本書の次に読むべきものとしては最適かもしれない。主人公が伝蔵=山東京伝という江戸中の人気をさらった戯作者であるだけに、あの怖ろしくも美しい虚々実々は、ここでもぞんぶんに味わえる。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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