半藤 いまの話にかぶせて言うと、僕は日露戦争史を書いていて、気がついたことがあるんです。『坂の上の雲』で児玉源太郎が、奉天会戦が終わって早く終戦にしたほうがいいと、極秘に日本へ帰って来る場面の描写です。児玉が新橋駅に着くと、参謀本部次長の長岡外史が出迎えています。以下は司馬さんの文章です。《児玉は答礼もせず、長岡の顔をみるなり、「長岡ァ」と、どなった。長岡はこのどなり声を終生わすれず、児玉の話題が出るたびにそのことを語った。馬鹿かァ、お前は、と児玉はいった。》ここまで地の文です。次はカギカッコで、児玉のセリフ。「火をつけた以上は消さにゃならんぞ。消すことがかんじんというのに、ぼやぼや火を見ちょるちゅうのは馬鹿の証拠じゃないか」
長岡の回想録を読んでみると、カギカッコの部分は事実。「長岡ァ」とどなったことも回想録にある。ところが「馬鹿かァ、お前は」という言葉はないんですよ。でもこれがないと、文章にリズムが出ない。「司馬さん、上手だねぇ」と思うのは、こういうところなんです。自分の創作は地の文で、資料に基づくところはカギカッコに入っている。僕はマジメだから、そうは書けないなあ(笑)。
磯田 旅順へ向かう満鉄の車窓の両側に日本兵の墓標が並ぶ光景を見た児玉が、兵員の士気を下げると言って乃木司令部の不注意に憤るシーンがあります。
司馬さんはこの場面で、児玉には兵士の心を汲み取る人間性があるという人物造形をしながら、「自分が兵隊になって前線へ行くとき、墓が並ぶ真ん中を通されたらどう思うだろうか」と読者に考えさせているわけです。非常に印象深い光景で、あのシーンを読むといまだに僕は、墓標の中を列車で通っていく気分になります。
普通の小説家だったらスルーするような資料の一行を拾って、シーンに仕立てる力量はすごい。面白いと思われる逸話は、絶対逃さず盛り込んでいます。
半藤 バルチック艦隊が大西洋からグルーッと喜望峰を回ってくるでしょう。途中で延々とマダガスカル島の説明があったりして、僕なんかはせっかちだから「おいおい、早く対馬海峡へ来てくれよ」と思うんですけど(笑)、でもこれが、好きな人にはこたえられないんですね。
『竜馬がゆく』だったら、大政奉還という妙手を龍馬が思いつく場面が出てくる。僕らは、司馬さんはまた嘘をついている、坂本龍馬が考えたはずないじゃないかと思う。ところが十ページも読み進んでいくと、夕顔丸の船室で龍馬の友達が、なるほど妙案で、「これしかありませんな」と言うと、「左様」と答える。友達に「ところでこの案は坂本さんの独創ですか」と聞かれてはじめて種明かしをする。「ちがうなあ」、「“か”の字と“お”の字さ」と竜馬が答えて、勝海舟と大久保一翁(いちおう)の発案であることを明かすんです。これも司馬さんの作劇術といいますか、小説を読ませるうまさですね。
類例を見ない不思議な文学
磯田 司馬作品の面白さ、わかりやすさの理由には文体もあって、基本的にあの世代までが持っていた漢文文体の簡潔な姿を受け継いでいますね。また、「この男の面白さは何々なところである」と書いて、「この男はこういうところが面白い」とは書かない。読者は、面白いと宣言されてから読むわけだから面白いとわかるし、知識を得た感がある。そして、面白いところを指摘している司馬さんの偉大さを印象づけることに成功するんです。
半藤 「さすがに司馬さんは、よく人物を見ている」と読者は思います。まさに司馬文章術だね。
磯田 しかし司馬さんの司馬さんたる所以は、小説の中だけで表現するのが限界に近づいてくると、もう我慢できなくなって作者本人が顔を出すこと(笑)。司馬さんをピアノに譬えると、二重鍵盤ピアノだと僕は思っているんです。主旋律は主人公です。そこに情景描写という伴奏がつきます。ところが司馬さんのピアノだけは鍵盤が二段についていて、さらに伴奏が加わる。
半藤 俺はこう思うんだ、と。
磯田 別の旋律が同時に流れてくるから、オーケストラ的なんです。登場人物の行動とセリフ、情景描写、作者の語りの三つで出来上がるという、類例を見ない不思議な文学ですね。例の「余談だが」「蛇足ながら」というのは、小説手法としてはあまりないかもしれないけれども、司馬遷の『史記』では「太史公曰く」と言って司馬遷が出てきて説明します。「論賛」と言って、史実について論じたり賛したりする。司馬遷を意識していた司馬さんは、『史記』という東アジア初の大規模な歴史書に倣(なら)ったのかもしれません。
半藤 日本海海戦の際、秋山真之(さねゆき)が大本営へ打つ電報の文案を読んで、鉛筆で「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」の一行を書き加えます。当たる資料が同じだから、どの小説を読んでもそこまでは同じ。ところが『坂の上の雲』は司馬さんが顔を出して、《たしかにこれによって文章が完璧になるというだけでなく、単なる作戦用の文章が文学になってしまった観があった。》という。
丁寧に言えば、文案の「敵艦見ユトノ警報ニ接シ、聯合艦隊ハ直(ただち)ニ出動、之ヲ撃滅セントス」というのは暗号文ですから、このままの文章じゃないんですよ。「アテヨイカヌ見ユトノ警報ニ接シ、ノレツヲハイ直チニヨシス、コレヲワケフウメルセントス」というものです。つまり秋山は、暗号文のあとに暗号ではない一文を書き加えたんです。本当はそう書くべきなんだけれども、司馬さんは「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」を書き足したから文学になったんだ、とわかりやすく書く。私は「司馬さん、またやってるな」と(笑)。
磯田 文学になったと表現することで、スコーンと読者の心に入ってくるんですよ。さらにその秋山の文学性が、少年時代に正岡子規と一緒に旧松山藩の奨学金をもらって勉強していた素養から生まれてきたんだ、という話に仕立てていくわけでしょう。そこが凡百の作家と違うところです。
半藤 誰も真似できない。
続きは「文藝春秋2016年3月特別増刊号 司馬遼太郎の真髄」で
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