小説と絵、お笑いと手芸。 類まれな才能を発揮する二人による、人間関係がうまくいく悪口のススメ
西加奈子(にし・かなこ)
1977年、テヘラン生まれ、カイロ・大阪育ち。関西大学法学部卒業後、2004年『あおい』で作家デビュー。05年『さくら』がベストセラーになる。07年『通天閣』で織田作之助賞、13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、15年『サラバ!』で直木三十五賞を受賞する。
光浦靖子(みつうら・やすこ)
1971年、愛知県生まれ。東京外国語大学卒。大久保佳代子とお笑いコンビ「オアシズ」を組む。著書に『お前より私のほうが繊細だぞ!』『傷なめクラブ』『子供がもらって、そうでもないブローチ集』『男子がもらって困るブローチ集』など。
――別冊文藝春秋デジタル版対談企画、西加奈子さんと光浦靖子さんをお迎えしております。お二人はとても仲良しでいらっしゃるそうで。
西 こないだも飲んだもんね。
光浦 うん。
西 『an・an』の私とせきしろさんがやってた短歌のコーナーにゲストで出ていただいたのが一番最初で、その後イベントやね。
光浦 そう。イベントでしゃべった。
西 いつかな、あれ。
光浦 三年は前か。
西 三年ぐらいかな。東直子さんと。
光浦 そうそうそう。西さんの本読んだのは、お目にかかってからなんですよ。
西 うれしい、ほんとに。角田光代さんとかは好きやったんよね。
光浦 女流作家は好きで。女流作家ばっかり読んでますね。
西 瀬戸内寂聴さん。
光浦 寂聴先生とか。あと、あの脚本家の……。
西 向田邦子さん。
光浦 向田邦子。向田さんが大好きで。
西 私より本をすごい知ってはって。中村文則さんの『教団X』読んだ? っていう話をしたときに、それやったら篠田節子さんも面白いよって。
光浦 宗教ものだったら篠田さんの『仮想儀礼』もパワーがあるもんで、『教団X』がすごいすごいって言われてると、六年も先に書かれた本があるんだけど、読んだほうがいいんじゃないですかって、もっと評価されてもいいのになって思っちゃう。
西 知らんかったなぁ。
光浦 サラリーマンや元公務員が、なんちゃって宗教で小遣い稼ぎから始めたのがどんどんどんどん人が増えていって、信者が勝手に狂っていくっていう。そんなものどこにもないのに、とてもリアルで面白い。
西 そういうのを教えてくれたりして、色々ご存じなのにすごい話しやすくて、本当に気さくで。テレビで拝見してる頃から素敵な人やなと思ってて、お会いしたら本当にそのまんま、ナチュラルな方やった。で、一緒に飲みに行ってんな。
光浦 うん。
西 女の子だけのイベントとかもあって、みんなで飲みに行って。すごく楽しくて。
光浦 楽しいよね。
西 一回それがテレビ番組にもなって。そのとき光浦さんが「ゴメンゴメン、遅れて」みたいな感じで来はって。
光浦 そう。なんか収録があって遅れていったのかな。
西 バナナマンの日村さんが聞こえへんぐらいの声で「きたきたきたきた」って嬉しそうにおっしゃってて。その時なんかすごい信頼されてるなって、私、泣きそうになったの。でも男性芸人さんとは、そんなにしゃべったことないって、光浦さんはおっしゃってて。
光浦 男芸人に信頼されとるとは思ったことない。
西 いや、すごく日村さん笑っててな、喜んではって。
光浦 そうやって言ってくれたもんで、それ以来日村さんのことを好意的に見とったら、女子アナと結婚した。
西 結婚したん?
光浦 あ、まだ結婚してない。がっかり。
お約束でブサイクと言わねばいかん
西 日村さんかっこいいよね。
光浦 かっこいいよね。世間はブサイクを認めたあの女子アナの方を変わった趣味だ的に言っとるけど、日村さんはすごく人気がある。
西 うん、すっごいハンサムな人やんね。
光浦 ねえ。みんなそう言うけど、テレビのお約束でブサイクと言わねばいかん。
西 そうやなぁ。日村さんがかっこよく見えたら笑えないんだもんね。でもそれ、光浦さんもそうやな。
光浦 まあ、そうね。職業ブスなもんで。
西 すごいきれいな人やのに。
光浦 そこは私も食い扶持なもんで、ブスで全然いいんだけど。
西 難しくない?
光浦 まあね。
西 例えば好みじゃない俳優さんとか出てきて、ブスキャラで「素敵~」って言わなあかんやん。あれ、しんどくない? これ、あんまり言ったらあかんやろけど(笑)。
光浦 もうここ十年そういう仕事来なくなった。私がたぶん一番最初に悪態ついたからじゃないかな。それを我慢してやるのが女芸人なんだけど、あまりにちょっと態度がひどい人がいたもんで、スタッフに口に出して文句言ったんだよね。それ以来ピタッと仕事が減っちゃった。「ああいうのに文句言うぜ、あの女」って。でも、それで「文句言うぜ」で解釈されるならばそれまでだし、それでいいやと思って。
西 そうやな。
光浦 世直しだと思ってやったら、それ以降続く人が私を悪い見本として見たらしくて、みんな余計文句言わなくなったっていう。
西 ノリを分かってくれる優しい俳優さんやったらいいけどな。
光浦 そうそうそう。
西 それやったらこっちも「頑張るで」って感じやけどな。
光浦 あと嫌がらない人も困るんだよ。そこ嫌がって成立するのに。
西 なるほど! 「僕はかわいいと思います」だったらあかんねんな。
光浦 そうそう。「あー、全然面白くなくなるんだけど」っていうのもあるし。
西 それで言うと西村賢太さんが素晴らしかったっておっしゃってたよね?
光浦 ちゃんとやってくれるんで、すごい助かる。
西 西村賢太さんとお会いする前に光浦さんに「どんな人?」って聞いたら「ちゃんとブスって言ってくれるの。すごい分かって『ブスが嫌い』って言ってくれるんだよね」って。普通の女性からしたら「ちゃんとブスって言ってくれる」って感覚はないじゃない? やっぱりかっこええな、ほんまプロやなって思って。
光浦 西村賢太さんの対応が一番いいよね。女の人のことは全般ちゃんと好きなんだよ。でもみんなをかわいいとは言わずに、「いや、それはブスと美人並べたら美人でしょ」って言う。「ブスだから嫌いなんですか?」って訊くと「ブスのくせにプライド高いから嫌いだよ」と。それも表で言ってくれるから、すぐこっちも「おい、てめえこの野郎」とケンカができる。素晴らしいでしょ。センスがいい。
西 プロフェッショナルってそれぞれのプロフェッショナルがあるけど、やっぱり芸人さんはほんまに尊敬する。テレビって、市川雷蔵じゃないけど、ザ・エンターテイナーみたいな、舞台と現実が全然違う人がトップに行くと思ってたから、こんなに優しくて普通のまんまでトップに行く人がおるんやって。すごく稀有な人やなと思った。
光浦 でも、今はみんな舞台も現実も一緒の人が多い気がする。悪い人は少ないかも。
女は木の実を拾って取り分ける
西 女性芸人さんがこんな仲良くなったんって光浦さんからじゃない?
光浦 そうなんですよ。
西 そういうの昔はなかったんだ?
光浦 十年前くらいは女芸人が同じ番組に何人も出れることはなかったのよ。一枠しかなくて。だから、女芸人はどこ行っても男芸人の中の添え物で、相談相手もいない。男の笑いで、男のルールの中で戦えるという実力も、悔しいけどなかった。戦った人たちも数々おりますが、やっぱりなんかちょっと蔑ろにされる。男同士の付き合いで「風俗行くぞ」みたいなノリだったら絶対ついて行っちゃいけないし、「ねえちゃんの居るとこ行こうよ」ってなったらやっぱり一歩下がらなきゃいけない。そんな相談相手がいないポジションでやってて、誰か同じ傷を持った人とお話ししたいなって思ってたときに、何か番組の企画で初めて女芸人が三組ぐらい一緒になったの。そんなの初めてなんでみんなが最初は牽制球投げ合って楽屋で挨拶もしなかった。うちらは外部の事務所だけど、吉本に所属している人は吉本の舞台で繋がってるから、先輩後輩でしゃべってるの。でもやっていくうちにどんどん仲良くなって、こんなに同じ気持ちの人がいるんだと思って。その日にみんなで飲みに行って、二軒目行こう、三軒目行こうってすごく楽しかった。だから相談相手もいなくてやってる人に、何とかこんな素敵な現場があるよって教えなきゃと思ったの。そこはやっぱり学級委員魂がうずいたんだよね。私は意外と女芸人の連絡先だけは知ってたんで、その全員に電話して、「女芸人さん同士でしゃべるとすごく気持ちが楽になるよ」って。
西 うん。
光浦 そうしたら、みんなが弱ってたみたいで、最初の飲み会で二十人ぐらい、東京じゅうの女芸人が集まった。
西 話し尽きひんのやない?
光浦 うん。みんなが初めて「こんなに痛みが分かる人がいるんだ」なんて言ってるうちに、時代が変わっていった。女芸人会とか勝手にタイトル付けられたり、いい噂も出れば、誰かが仕切ってるだの誰かが派閥作ってるだの悪い噂も出て、そんなことなんか何もしてないのに。ただ最初にみんなで傷をなめ合う場所があるよって言っただけ。
西 昔『夢で逢えたら』で、野沢直子さんと清水ミチコさんが出てはったぐらいからプツッと途切れてて、急に今、みたいな感覚があるなぁ。
光浦 今や、女芸人の企画ばっかりなんで勝手にお友達になるけど。最初の最初は連絡の取り方も、知り合いになるきっかけも本当になかったんだよ。あと、一つしか女芸人の枠がないから、その枠を誰が取るのかが問題になる。でも、やっぱり女の人はその一枠を是が非でも取ろう、相手を蹴落とそうということではなかった。女の人って、木の実拾って、みんなで地べたで取り分ける生き物なのかなって思う。
西 そうやな。「これ食べれんで」「それやめとき」みたいな。
光浦 そんなにギスギスしない。
言う時はボロクソに言うから安心できる
西 女芸人会を誰か仕切ってるって書いてるのは、絶対男性やろうな。女性への悪意があるよね。
光浦 そう。嫉妬しあって、もめててほしい、みたいな。
西 キャットファイトしててほしいねんな、分かる分かる。仕事に、その現場でどれだけの覚悟があってやってるか見とけって思う。
光浦 今、誰々とつるむ、誰々とつるんでないとか、そんなの関係ない。
西 でも、それ性格もあるやろな。光浦さん、ほんまに壁ないし、ナチュラルやん。
光浦 仕事場では駄目だな。評判悪いしカリカリしちゃう。
西 でも、それは仕事やからやろ? 真面目やからじゃない?
光浦 真面目なのかな……。嫌な人が来たら四倍返しぐらいするもんで、すごい印象が悪い。
西 二倍ちゃうんや(笑)。
光浦 反省してるんだけど治らない。小さく見えて自分が損するだけって分かってるのに、なんで四倍返ししちゃうかな。
西 真面目やねんな。私の友だちの作家でそういう子おるよ。陰口を絶対言わなくて、本人にきちんと言うねん。
光浦 ああ、そう。
西 メチャメチャええ子やねん。天使みたいな。でも本人にはっきり言うと角が立つときあるやん。だったらガス抜きでいいから、私たちに悪口や陰口を言ってよ、て思うねんけど、それは正義感があって言わないの。彼女は自分で価値観を決めていくことをすごく徹底してる。私たちには絶対愚痴らないし、絶対誰の悪口も言わず、本人に言うのが彼女の戦い方というか。
光浦 へえ。でもそれでいい作品が出来るんならいいな。
西 そうやな。
光浦 西さんは、人のいいところを見てくれるからいいんだよ。
西 だって、ほんまにええ子やもん!
光浦 でも、西さんは誰に対してもそういう気がするな。悪いところよりもいいところを先に見てくれる。
西 でも、嫌いな人とかおるで。おるおる。
光浦 まあ、そうね。西さんは人のいいところを見てくれるけどみんなに優しいわけでもないっていうのが信用できるのよ。みんなのいいところを見て、みんなのいいところを言ってると、偽善というか、優しい自分に酔ってる感が出てくる人もいる。いいことしか言ってないんだけど、こっちが勝手に被害妄想を抱いてしまう人もおるじゃん。でも、西さんはそうじゃない。ボロクソに言う時はボロクソに言うから安心できる。「あんなのボロクソに言ってやったわ」ってよく聞くし(笑)。
西 嬉しい、ありがとう(笑)。ほんまに嫌なことあっても嫌な人のこと考えても、私はすっごい冷たくて、「そういうやつらはそこに一生おれ、もうずっとそう思っとけ」と思うねん。「あなたには絶対この楽しさ一生分からへんぞ」みたいに。そこを「どうしてそういうこと言うの?」って本気でやり合おうとは思わない。
ネットに悪口書く行為はゆっくりとした自殺
光浦 割り切っちゃう。じゃあ自分に降りかかった冤罪は?
西 嫌な噂流されたり?
光浦 そう。事実無根だった場合。
西 光浦さんはやっぱり有名な人やからな。うちはそういうことないかな。
光浦 いや、西さんもこれから出てくるよ。
西 そうかなぁ。でもそれも、「そう思わんとやっていかれへんのやろな」みたいな感じかな。
光浦 ああ、そうか。そう言っちゃえばいいんだ。それができればいいのか。
西 そうそう。でも、それって優しくないと思う。又吉直樹さんの『火花』の中でも、ネットに悪口書く行為はゆっくりとした自殺やって。だから、それを本気で怒ったらなあかんっていう描写があって、それってものすごく優しい考え方やなと思って。私はもう「知らん。そんなやつ知らん、好きな人とだけおりたい」だけど。
光浦 西さんみたいになりたいな。
西 いやいや。冷たいねん。
光浦 無視するほうが健全だと思う。私は闇に自分から向かっていっても呑まれちゃうもんでね。
西 それは炎に入っていくわけだから、勇気いることよね。
光浦 でも、戦えない。
西 見んかったら?
光浦 私ももう見ないよ。見ないけど言ってるんだろうなっていう被害妄想だね。あと暇だとYahoo!ニュースを見ちゃう。他人が悪く書かれているのを見て、この人ですらこんな風に書かれるっていうことは、私は……っていう被害妄想がパッと出ちゃうわけよ。こんなにいい人の、この人のどこに否定される部分があるの? って。こんな解釈をする人のフィルターを通したら私なんか殺されるなと思って、それで怖くなっちゃうの。自分のはもう一切見れないです。
西 嫌やな、そんなんなぁ!
光浦 でも、考えたんだよ。言葉にするだけだと、私も友達とテレビ見てるとやっぱりひどいこといっぱい言ってる。ご飯食べながら「あれ、この俳優さんちょっと老けたな」とかって。
西 うんうん。だけど、それはありじゃない?
光浦 でも、レベルは一緒といえば一緒じゃん。ネットの人たちは「劣化だ~」とか、書き方がきついけど。
西 書くなよって思わへん? 飲んで「老けたよな、あの人な」とかその場で言っとったらええやん。
光浦 まあね。でも、発想というか根は一緒か? と思って。
西 でも、光浦さんのその真面目さがやっぱりすごい優しいなって思う。そこを分けて考えられへんねんな。陰口言わへんってそこやと思うねん。やってること一緒や、ってなっちゃうから、陰口言わずに本人に言って、刀を抜く感じになるんだよね。うちはやっぱりずるいから、なんぼでも友達同士で言えるもん。嫌なこと聞いてもらって、「あー、すっきりした」で終わるから、別にそれで本人に会ってもどうもならへんもんな。「この人もな、大変なんやな」って思えんねん。そのずるさがない、真面目やねんな。そこがすごいまぶしい。
光浦 へえーっ。
西 とっても美しい人やなと思うよ。不器用やけどな。すごく。
ヘアメイク:島貫香菜子(MARVEE)/撮影・志水隆