小説と絵、お笑いと手芸。 類まれな才能を発揮する二人による、人間関係がうまくいく悪口のススメ
「【西加奈子×光浦靖子】大人の悪口スキルを高める(前編)」より続く
西加奈子(にし・かなこ)
1977年、テヘラン生まれ、カイロ・大阪育ち。関西大学法学部卒業後、2004年『あおい』で作家デビュー。05年『さくら』がベストセラーになる。07年『通天閣』で織田作之助賞、13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、15年『サラバ!』で直木三十五賞を受賞する。
光浦靖子(みつうら・やすこ)
1971年、愛知県生まれ。東京外国語大学卒。大久保佳代子とお笑いコンビ「オアシズ」を組む。著書に『お前より私のほうが繊細だぞ!』『傷なめクラブ』『子供がもらって、そうでもないブローチ集』『男子がもらって困るブローチ集』など。
悪口スキルを高くする
光浦 私、西さんを見ると、なぜいつも正しいところをチョイスできてるんだろうと思って。
西 いやいや、それはほんまにずるいからと思うで。例えば陰口を聞いてもらう相手も選ぶ。例えばこの人腹立つなと思った人の友達とか知り合いに言ってしまったら陰湿になるから、その人のことを知らん子に聞いてもらうの。
光浦 ああ、そうね。全く知らん人。
西 その子はその人のこと知らんからさんざん言いたい放題言ってくれるねん。例えば「西って嫌なやつおってな」って言ったら、「名前ダサいな」とか。ほんなら笑けてくるやん。笑ってるうちにだんだんどうでもよくなって、そこで解決して、当の西さんには普通に接せられる。それは配慮でもあるし逃げでもあるけど、人間関係はそういうふうに、ほんとに友達に助けてもらってる。
光浦 そうか。もうちょっと大人になるか。そうだね、悪口スキルの高い女友達をもう一回見繕おう。
西 そうそうそう。みんなそうなんじゃない?
光浦 悪口スキル、やっぱり高くないと面白くないもんね。ネチネチした感情を広げるんじゃなくて。
西 おもろくしてくれたらええねん。
光浦 「分かるよ」とか「ああ、そういう人嫌だよね」とか、嫌な感情じゃなくて「ダセえ名前だな」の合いの手入れてくれる友達がほしいの。
西 「私もあの子な、」って同調するのは、危険よね。そうなったらもう小学生と一緒というか。
光浦 ヤダヤダヤダ。ドロドロしていく。
西 そうじゃなくて、全部ほんまバスッて一刀両断する、笑かしてくれる友達がいい。
光浦 面白いね。いいね。いつか大辞典を作ろう。悪口検定の。返しや合いの手とか悪口の採点ができるの。女の人に必要なバイブルかもしれんよ。で、あなたはAタイプだから、Bタイプの人に聞いてもらいなさい、っていう。
西 そうしたら本当に健全になるね。
光浦 でも、それには相当なデータが必要。大変だよ。
西 そうやな。相性もあるしな。
光浦 相性っていえば、「お悩み相談」の相談内容も相性なのかな。一文字も書けないって。
西 あの連載めちゃくちゃ面白いね!
光浦 いつも何も考えずに書いてるんだけど昨日だか一昨日か、またはまったね。ある時期スコンスコン書けて、「あらやだ、天才になったかもしれない」なんて思ってたら、また戻った。一文字も書けない。
西 でも、それも優しいなぁ。質問に対していつも全力で答えたいってことやもんな。
光浦 だって、お悩み相談だもん。
優しい嘘をつこう
西 「ソープに行け」って書いたらええやん(笑)。
光浦 えー。でも、字数が埋まんないんだもん。
西 そっか。ひとことやったらいけるけどな。
光浦 そうそう。三十字ぐらいで片付いちゃう質問の時が一番困る。しょうがないから話を徐々にスライドして、自分のブログみたいなほうに持っていく。
西 うんうん。でも、エッセイもそうやけど、光浦さんは、はにかんではるのがすごいかわいいなって思う。悩み相談って、答えるのってメチャクチャ難しいよね? 例えば完全に「私、上やぞー。絶対やぞー」っていう感じでやるんやったらまだいいけど。距離感が難しいよね。些細な答えで嫌味になっちゃう人もいるし。でも光浦さんのはにかんではるスタンスにすごい救われる……救われるっていうのともちゃうねんけど。何やろな。信頼できるっていうか。
光浦 やっぱり独身で彼氏がいない、はでかいと思う。弱者のポジションじゃないけど、分かりやすい。
西 でも、弱者のポジションですよって立つことにもはにかんでるやろ?
光浦 それはそれでずるいことしてるなとも思うんだよね(笑)。
西 だから真面目さというか、はにかみというか。
光浦 それを利用してるな、って。かといって本当に死にたいほど一人が寂しいかといったら、意外と一人楽しいしな、とか(笑)。家族がうらやましいって言っても、妹の家族と二日旅行したら「二日で十分です」って。あんなに家族が欲しいって言っておきながら、「うわー、二日で十分だ。やっぱり他人の子のほうがかわいい」と思って。
西 そうやな(笑)。友達の子ぐらいがちょうどいい。
光浦 他人の子が一番かわいい。やっぱり血がつながってる人は線を越えてくるからあまり好きではない、って言ってメッチャ怒られた。
西 子どもなんか線を越えてくるものやけどな(笑)。
光浦 他人の子はやっぱり線引くんですよ。
西 光浦さんのその正直さって、何やろな。
光浦 「冷血」って怒られた。
西 いや、冷たい人は言わへんやん。だって、ちゃんと言うんやろ?
光浦 「血がつながっとると線を越えるから、やっぱり疲れると思う」って(笑)。
西 確かにショックやわな(笑)。
光浦 身内から大クレームが来た。「出た出た出た、冷たい。この子は昔から冷たいよー」って。
西 冷たいんやなくて、正直で真面目やねん。真摯というかな。
光浦 嘘も優しいもんね。
西 でも、嘘つけないんやね。
光浦 嘘は優しいから。優しい嘘をつこう。
西 そうやな。
限りなくアウトサイダー
光浦 今日、ちょうど対談が載る号の表紙のオブジェ持ってきた。
西 すごい、これ!
光浦 西さんはいいね。褒めてくれるんでやる気になるよ。
西 いや、すごいよ! かわいい! 普通のかわいいっていう感覚ともちゃうよな。
光浦 ちょっと狂ってるよね。
西 うん、狂ってる、狂ってる。ほんまちょっとアーティストのね。
光浦 座標が、売れるやつではないよね。
西 夏やからアイスと思ったん?
光浦 そう。
西 そんで舐めさせようと思ったん?
光浦 そう。
西 この発想がないよね。すごい。マジですごい。天才やと思うで。
光浦 うれしいな。でも「こんばんは、森進一です」っていうモノマネ方式だよ。前号だとカエル作って「FROG」ってつけ、夏がテーマだから「サマー」ってつける。一番モノマネ界でやっちゃいかんっていう方式をやってるもんで。
西 先に答えを言うやつ(笑)。
光浦 そう。だから、いつか誰かがつっこんでくれないかなと思って。
西 なんでこれをしようって思うの? 例えばカエルとか、夏だアイスだ舐めようって、そのセンスってどこから来てると思う?
光浦 分からんけど、もし決めるなら動物を決めるだけだな。
西 キリン、とか?
光浦 そうそうお題が。別冊は季節が限定されてるもんで、お題が夏なら「夏? 初夏?」って言ってると動物が一個決まって、そこからはとにかく動物を作り出す。
西 色味とかあるやん。例えば補色を使ったり、普通の人が使わない色味を使ったりするじゃない? それってどこから来てる?
光浦 それは分からない。
西 お洋服とかも普段からすごいかわいいやん。
光浦 でも、派手な服は着ないもん。
西 それってお母さまからの影響?
光浦 芸術の才能はどっちもあんまりないな。でも、お父さんは多少絵を描くけど。
西 あ、そうなんや。
光浦 全然、絵描きとかじゃないよ。
西 趣味で絵を描かれる感じ?
光浦 うん。お母さんは何もしない。私、美術も全然駄目で、駄目なお手本で出されたし。
西 えっ、マジで?
光浦 ずっとセンスないって、絵下手だって言われてた。
西 メチャメチャかわいいのに!
光浦 これは夢ですね。
西 夢?
光浦 私、勇気がないし、自分はどこかでセンスがないってずっと思ってたから、ファッションでも何でも、この色にこの色を合わせるとか似合う色、似合わない色があるとか、ずっとやれなかった。だけど、手芸の、こんな小さなものに対してセンスが悪いだなんだガタガタ言われる筋合いはないじゃん。だから、ここは自由に自分の好きな色全部足していいって思った。
西 うんうん。
光浦 とにかくきれいな色とか派手な色が好きなんだよね。だから、それをガチャガチャガチャガチャ入れても誰からも怒られないっていうのがうれしくて。キャッキャキャッキャ。
自分が望むものと、向こうから来るものがある
西 独特よね。その色だけでもすごいし。トラにお花合わせる感じとか。その感じって何? ギリギリのところ行くやん。
光浦 気持ち悪いのギリギリ(笑)。
西 そうそう。それで激烈にかわいいところにおれるやん。
光浦 うれしいな。
西 それって何なんやろな。そのセンスって。
光浦 本当に気持ち悪い話だけど、動物がしゃべるんですよ。
西 しゃべる?
光浦 しゃべるんですよ。愛情込めて作ってあげると、動物が。
西 「これにして」とか?
光浦 「青色だな」って(笑)。
西 えー、ほんと?
光浦 イメージカラー。これを言うと気持ち悪いって言われちゃうけど、ほんとメルヘンの世界に住み始めちゃってるもんで。
西 いやいや、メッチャいい話!
光浦 動物作ると、作ってる最中から動物が「俺はこの色だ」っていうイメージカラーを言うわけよ。
西 だからアーティストやねんって、やっぱり。しかも、限りなくアウトサイダー・アートに近い。シュヴァルの理想宮じゃないけど、自分が望むものと、向こうから来るものがあるんやろ?
光浦 あ、そうそう。仏を彫っとる人みたい。
西 素晴らしいね。
光浦 仏がおのずと現れました、っていう(笑)。メルヘンのおかしいおばあさんと一緒。人形がしゃべるの。小説でも登場人物がみんなおのずとしゃべるんでしょう?
西 うん。物語が要求する結末とかいろいろある。うちは小説よりも前に、絵をちっちゃい頃からやってて、例えば表現に関して言うと、メチャクチャ不気味なものを書きたいと思っても、文章では「女が生肉食ってる」だけじゃ駄目で。細い女の人が血の滴るお肉を一生懸命食べてる描写を言葉を尽くして書いてやっとほの暗さが伝わる。絵やったら、不気味なの描きたいと思ったら赤と紫と黒混ぜたら「うわー、不気味!」みたいになる。思い描く通りに色を塗れるのが気持ち良くてしゃあないねん。この色ちゃうなと思って混ぜたりするのもすぐできてほんと楽しい。小説はまどろっこしすぎて、そのまどろっこしさが大好きなんやけど。絵ばっかりやってると、考えたくなっちゃって、小説も書きたくなるし、どっちもほしい。どっちかだけやったらあかん気がする。
光浦 ああ、いいねいいね。ベストだ。
西 でも、刺繍はうちできへんな。刺繍はすごいなと思う。ほんで、作るの早いしな。
光浦 でも、世間からしたら遅いみたい。
西 あ、そう?
光浦 ロケで三十分で仕上げましょうって場合だと、やったことない人たちのほうが全然早くて。私、エンジンかかるまでが長い。スロースターター。
西 向こうがしゃべりだすまでな。職業になったら違うかな。
光浦 職業になった途端に怖くて何も作れなくなると思う。エッ、て。まだちょっと無責任なポジションでやらせてもらっとるもんで。ぶっちゃけこれでもまだ黒なんか全然出てないもん。私は素人の中でも針の刺しが少ないほう。
西 うそー!
光浦 素人でもセミプロみたいに販売してる人たちは、みんなもっとテロッテロになるまでやるの。そういう人たちは時間が結構あるんだろうけど。私は早く答えが見たいんで、すごい雑。
西 雑?
光浦 みんなもっと細かい。
西 考えられへん……。
とにかく縫うのが楽しくてしょうがなくて
光浦 でも、下手をカバーするのはどれだけ気が狂ってるかの度合いなもんで、それは時間と細かさじゃん。本当はもっとやり尽くしたほうがいいんだけど。
西 でも、気狂い度だけじゃなくて、やっぱりかわいさも欲しいやん。かわいいもんなぁ、これ。すごい高い値で売れると思うけどね。
光浦 売ったら責任が出てくる。だからそれはおばあちゃんになってからか、あと十年後か分からんけど、南の島に住んだ時にお土産屋さんやってというのも、一つの夢なもんで。
西 ああ、いいなそれ。大きいの作りたいとかない?
光浦 大きいのヤダ。飽きちゃう、飽きちゃう。
西 ああ、そうなんや。このサイズがいいんだ。
光浦 そうそう。これはまた結果が早いもんで。チョンチョンチョンチョンってやっていくと、何となくもうシルエットが見えてくるもんで。
西 大きい作品も見たいけどな。それは飽きちゃうんやな。
光浦 メッチャでかいのは数学的なものだで。
西 あ、そうなんや。
光浦 だって、骨格とかも、発泡スチロールやワイヤーで軸作ってやってとか、無理無理。
西 キルトとかそういうのは全然ちゃう?
光浦 キルトも数学的だな。型紙きっちり取って。私、洋服も作れない。
西 あ、そう?
光浦 ミシンがまず嫌い。ミシンが言うこと聞いてくれないもん。絶対、糸絡むし。
西 すごくアナログなんやな。手で。
光浦 そう、アナログ、アナログ。あと、直線が引けないの。テーブルをまず掃除しろから始まるのが嫌なの。うちには物がない一メートルがないもんで。
西 今ここでできるやつや。
光浦 そうそう。数字がないものが好き。何グラムとか何センチとか。イーッてなっちゃう。
西 でも、メッチャちゃんとできてるよな。絵画的に見る脳がおありなんや、きっと。出来上がりが見えないと、かたちがちゃんとしないじゃない?
光浦 ねえ。
西 だから、ほんと芸術的な脳があるのやろなぁ。
光浦 あったね。こんな年くってから急に。
西 急にあったん? 急に刺繍やったん?
光浦 手芸はずっとやっとったけど、フェルトの人形ばっかり。
西 フェルトはなんでやろうと思ったの?
光浦 小学校の時に授業でやってから楽しくて、マスコットばっかりアホみたいに作ってるもんで。何が楽しいかも分かんないぐらいとにかく縫うのが楽しくてしょうがなくて。何だろうね。
西 へえー! すごい素敵やな。
光浦 手芸は楽しいよ。そして、それ以上の深さもないんだよ。
西 ああ、なるほど。
光浦 その向こうの世界があるわけでもない。ただ一瞬忘れるだけっていう。
西 誰も傷つけへんしな。表現っていう気持ちでもないんや。
光浦 ないないない。そんなに奥の深いもんじゃないもんで、やり続ければの壁はない。
西 そのはにかみもええなぁ! だからこの作品がかわいいんやろうな、ドヤ感が全然ないもんな。
光浦 気負ってないんだよね。
西 だから、ほんま木の実をずっと分けてんのやな。
光浦 そうそうそう。そのレベルなんだよ。そのレベルでいいんだよ。
(二〇一五年七月九日 文藝春秋にて)
ヘアメイク:島貫香菜子(MARVEE)/撮影・志水隆
別冊文藝春秋 電子版3号
発売日:2015年08月17日