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ふたりがこの世界に現れていなければ、愛するプロレスを手放すところだった

ふたりがこの世界に現れていなければ、愛するプロレスを手放すところだった

文:西 加奈子 (作家)

『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』(柳澤 健)

出典 : #文庫解説
ジャンル : #ノンフィクション

『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』(柳澤 健)

 2015年の冬に、直木三十五賞を受賞した。決定後に記者会見があるのだが、最後の質問で、報知新聞の記者の方が、「プロレスがお好きとうかがったのですが改めて魅力を」、そう質問してくださった。そこで私は、「プロレスについて私ごときが語れないというのがまず第一にありますが」と、前置きした。ほとんど反射神経で出た言葉だった。

 プロレスについて、私ごときが語れない。

 

 大好きないとこの影響でプロレスを見始めた。当時、4歳か5歳だったと思う。

 いとこが見ていたのは金曜夜8時、ゴールデンタイムの新日本プロレスで、当時はタイガーマスクがスーパースターだった(もちろんアントニオ猪木も)。他にも長州力、藤波辰爾、悪役として登場する外国人レスラー、とにかく輝ける選手たちが画面を彩っていた。

 自ら試合に足を運ぶようになったのは十代の終わりで、闘魂三銃士と呼ばれた三選手、武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也がスターだった。プロレスはすでにゴールデンタイムから深夜帯への放送へ移行しており、友人でもプロレスを観ているのは、わずかだった。それでも1月4日に行われる東京ドーム興行は一大イベントだったし(東京ドームと後楽園は、当時大阪在住だった私の憧れだった)、会場に行けばプロレスファンたちの熱気も大いに感じることが出来た。

 だが、その後プロレスは低迷し続ける。そのことは本書に詳しいのでここでは割愛するが、私自身、その低迷を後押ししていた悪しきファンだった。会場に足を運ばなくなり、雑誌を買わなくなり、テレビ放送も見なくなった。そうなると選手の動向を追えなくなり、益々足が遠のいた。

 罪悪感、と言えば大袈裟かもしれない。でも、低迷していた時代もずっとプロレスを応援していたファンのことを、そしてもちろん選手のことを思うと、「プロレスについて、私ごときが語れない」と思うその気持ちには重力がかかった。

 でも、同時に、その気持ちにはもう一つの、すごくシンプルな理由があった。私はプロレスファンが怖かった。いや、正確に言うと、怖いプロレスファンが怖かった。

 十代、そして二十代の初めの頃は、会場に足を運んでも、女性客の姿はまばらだった。目につくのは「古参のプロレスファン」、といった感じの中年男性や、誰よりもプロレスに詳しい、という自負がありありと出ているいわゆる「プロレスオタク」の男性たちばかりだった。会場以外でも、プロレスファンと告げようものなら、「●年の●●体育館のあの一戦は見たのか?」に始まり、私のプロレスの知識をあれこれ試され、知らなければガッカリされ、最終的に「お前は本物のプロレスファンではない」と認定される。

 それでも好きなことには変わりがないので、作家になってからもインタビューでプロレスの話をしたり、プロレスラーを小説に登場させたりしたのだが、それに対して「その程度の知識でプロレスを語らないほうがいい」とアドバイスをくれた先輩もいたし、「外野が書くプロレス小説のレスラーって、まずリングネームがダサいんですよね」、そうプロレス雑誌の編集者の方に言われたこともある。

2011年の棚橋弘至と中邑真輔
柳澤健

定価:1,023円(税込)発売日:2021年01月04日

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