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歴史を動かした無名の女たち

歴史を動かした無名の女たち

「本の話」編集部

『孫文の女』 (西木正明 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #ノンフィクション

保阪 史実の誤りを正すのも大変でしたね。大月薫という人は美人だし、芯も強いけれども、浅田ハルとは尽くし方が違うんですよね。

西木 違いますね。この小説は、実は大月薫が最初にありきで、この人のことを書こうと思ったら、その前にもう一人いたというのがわかったんです。

保阪 僕はあと、三浦ソノも面白いなあと思いました。

西木 この人もなかなか女丈夫だったみたいで。ブラキストンが日本から引き揚げた後でも、いろいろあったようです。

保阪 喜八という使用人の死も解明されていらっしゃる。

西木 これもちゃんと記録があるんです。ブラキストン邸で首吊り自殺に近いようなことをしたが、調べてみるとどうも凍死だった。それで、ブラキストンは裁判にかけられたんです。この件は、地元の郷土史家たちがいろいろ調べていて、両説がありましてね。あれは完全な事故だという見方と、ブラキストンは間諜だったというもの。彼はもともとイギリスの砲兵将校で、世の東西を問わず、情報将校になるのは圧倒的に砲兵が多いんです。それで、私は間諜説に加担しました。

保阪 間諜説が一番説得力あるんじゃないですか。ロシアの南下に対する当時のイギリスの目配りというのはすごいんだなと思いますね。バルチック艦隊が登場する「アイアイの眼」は。

西木 あれはね、田中イトという名前以外は実際にあったことです。男の名前は赤坂にしてますが、本名は赤崎伝三郎。彼がマダガスカルのディエゴ・スアレズという町でフランス料理屋をやっていて、日本人の女郎を使ってバルチック艦隊の連中から情報をとったんですね。

保阪 あそこまで相当細かい情報だったんですか。

西木 ええ。面白いことに、防衛庁の史料室にも漠とした記録しかなくて、むしろイギリスのほうにかなり詳しいものがあります。当時の連合艦隊には、同盟国のイギリス海軍将校も乗ってましたから。

保阪 イトが最後のところで、「声を出さずに泣いた」と書かれていますが、ああ、そうなんだろうなあ、と。歴史的には重要な役目を果たしているけど、自分のやったことなんかもちろん知らないわけですよね。当時の女郎たちは無縁仏で埋葬されたんでしょうか。

西木 お墓があれば上等でしょう。その後、ザンジバルにいた女郎たちは日本に帰ってきた記録があるんですが、マダガスカルからは帰ってきてませんから。

保阪 この人たちはたまたま、からゆきさんで外へ出て行っちゃったけど、たとえば京都や東京に来たりして芸者さんをやれば、どういう人と出会ってどういう人生になったかわからないですよね。

西木 そうなんですよね。でも、そういう苦界に身を落とす女性たちの供給源というか、これが九州の島原、天草が圧倒的に多いのは、なぜなんでしょうか。

保阪 いや、僕もわかりませんけど、聞く話では、キリスト教の影響がありますでしょう。西欧人に対しての忌避感があまりないというね。それと、あの頃はどこもみんな貧しいわけだけど、貧しいから女性が体を売るというところには、何かモラルの問題もあるんじゃないでしょうか。つまり、男女関係のことがビジネス化することへの抵抗感のなさというか。

西木 なるほど。説得力のある話ですね。いまのわれわれの生活や道徳観念は、当時とかなり違いますから、一概にいまの時代感覚で見ちゃいけないんでしょうね。

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孫文の女
西木正明・著

定価:本体705円+税 発売日:2008年02月08日

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