西木正明さんの新刊『孫文の女』には次の四作品が収録されています。
●「アイアイの眼」
遠く日本を離れたマダガスカルで、日本人娼婦の田中イトは、バルチック艦隊の機密情報を手に入れる。
●「ブラキストン殺人事件」
動物分布の境界線で知られる学者はスパイだったのか。彼は北海道で、三浦ソノという女と暮らしていた。
●「オーロラ宮異聞」
天草から朝鮮へと売られていき、やがて女馬賊となった満州のお菊。最後はシベリアまで流れていく。
●「孫文の女」
中国の革命家・孫文には、浅田ハル、大月薫という滞日中に愛した二人の日本人女性がいた。
保阪 僕には興味のある話ばかりでした。面白かったのは、宮崎滔天(とうてん)とか、張作霖(ちょうさくりん)とか、歴史上名前のある人が出てくる歴史の表の話と、その裏でふっと女の人が顔を出してくるところですね。あの人たちは実際にいたわけですか。
西木 いました。いただけではなく、「アイアイの眼」の田中イト以外は、女性たち全員が本名です。
保阪 浅田ハルもそうなんですね。
西木 これも実在の人間です。刑事の調査報告書に頻繁に名前が出てきますね。
保阪 僕は孫文って破天荒な男だったと思ってますけど、何というんだろう、女の人にモテたとはいうけど、ちょっと犯罪的なところもありますよね。
西木 ええ。ここで書いている女性二人とも十代半ばですから、いまなら淫行条例に引っかかりますよ(笑)。
保阪 で、最後は宋慶齢と結婚するわけでしょう。結構政略家ですよね。
西木 終始一貫、清朝を倒すことに関わったわけですけど、人格的にはかなり破綻していると思いますね。僕は、デヴィさんではないスカルノの日本人妻のことを書いたことがあるんですが、あまりにもよく似てる(笑)。やっぱりああいう大事を成す人というのは、どこかでそういう部分があるのかなと思ったりしました。
保阪 大月薫は、やっぱりああいうふうな最後だったんですか。
西木 ええ。小説では書いてない話ですけど、あの後も非常に大変な人生でして。足利の住職と結婚し、その旦那さんはわりとすぐ死んでしまうんです。二人の間の息子が、これまた元気な人で、演劇に目覚めて寺から出奔するんですが、ブラジルで強盗にあって殺されてるんです。
保阪 あ、そうなんですか。
西木 そういう意味では、孫文とのことで薫の一生は非常に波瀾に富んだ人生となってしまいましたよね。
保阪 そうですね。孫文には十二歳ぐらいのときから目を付けられて。
西木 そうそう。横浜の火事の後、孫文が住んでいるところに、焼け出された大月一家が越してきている。いままでの史料だと、火事が一八九八年ということになっていたんですが、なぜかいくら調べても出てこない。これは変だと思い、当時の新聞を全部引っ繰り返したら、翌年の八月十二日だったんですね。
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