- 2012.10.18
- 書評
“怪人対名探偵”、現代によみがえる
文:杉江 松恋 (文芸評論家)
『バーニング・ワイヤー』 (ジェフリー・ディーヴァー 著 池田真紀子 訳)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『魔術師(イリュージョニスト)』――リンカーン・ライム第5の敵は〈魔術師〉、マジックの技法を犯罪に応用する超一流のイリュージョニストだ。人質をとって立て籠もった密室から掻き消えるように脱出したのを皮切りに、次々に事件を起こしていく。だが〈魔術師〉がその真価を発揮したのは後半戦だ。観客の目を間違った方向に導く〈フォース〉の技法を駆使して彼は最大の魔術を仕掛ける。
『12番目のカード』――16歳の少女が強姦されかけ、その後も何度も不審者に狙われ続ける。粗暴な犯罪に偽装された事件の、水面下にある真の動機を探るのが今回のライムの使命である。少女を襲うトムソン・ボイドは〈アベレージ・ジョー〉と呼ばれる男だ。あらゆる点において平凡な外見であるがゆえに刑務所でついた名前で、周囲に溶け込むのが得意という男である。
『ウォッチメイカー』――桟橋で血に塗れた溺死体が見つかったのを皮切りに、連続殺人劇の幕が開く。現場に毎回遺された置時計と謎めいた詩から自称〈ウォッチメイカー〉の犯行意図をライムたちは探ろうとするのだ。あらゆる意味でシリーズ最大の問題作が本書で、盤上の駒の取り合いのような〈犯人対名探偵〉の構図はこの作品で爛熟といってもいいほどの完成度を示した。〈ウォッチメイカー〉の存在感は凄まじく、本書以降の作品にも彼の影響が見て取れる。現時点では、文句なしにライム最大の敵である。
『ソウル・コレクター』――ライムが未詳522号と呼んで追いかける相手は、病的なコレクターだ。蒐集品を納めたクローゼットの中に唯一安らぎを見出し、それを守るためには何を犠牲にすることも厭わない。彼が得意とするのはコンピュータ・データの改竄であり、そのことによって多くの人が破滅させられるのだ。ライムのいとこのアーサーもその犠牲者になってしまう。
『バーニング・ワイヤー』――変電所で爆破事件が起き、犠牲者が出た。捜査を始めたライムとアメリアは犯人の行く先々に仕掛けが施されていることに気づく。単に自身の臭跡を隠すだけではなく、被害の規模を拡大させるための罠なのだ。下手をすれば感電死させられる危険があるため、捜査陣の行動も制限される。やがて送られてきた犯人の要求は狂気じみたものだった。
怪人たちの次の狙いは?
〈怪人対名探偵〉という図式は、早くも第1作で確立されていたことがわかる。第2作『コフィン・ダンサー』は、犯人捜しの興味もさることながら、追っ手であるライムに追われる立場の犯人が逆襲してくるというカウンターファイトのプロットを前面に押し出した作品だ。以下のシリーズは、この二つの組み合わせで作られている。そして謎解きの勝負をライムに仕掛けてくる『ボーン・コレクター』型の知能犯の造形は、第5作『魔術師』と第7作『ウォッチメイカー』の2作で完成した。それ以降シリーズは、新たな展開を見せるようになっているのである。
前作『ソウル・コレクター』では近代産業の基幹となるコンピュータ・ネットワークが、最新作『バーニング・ワイヤー』では同じく電力網が、それぞれ犯人によって牛耳られることになった。脅かされるのはインフラそのものなのだ。『ボーン・コレクター』―『ウォッチメイカー』型の知能犯とは趣向の違った悪の描き方である。個人の域を超えて社会全体を揺るがす大規模な犯罪を描くことによって新しい形のスリルを読者に与えられる、とディーヴァーは計算したのだろう。となると次にくるのはなんだろう。神かな? 神でも人質にとるつもりなのかなあ。
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