人が生きて死ぬまでの間の“欠落”と“過剰”
小板橋 さて、博人の話に戻ってもいいですか? 博人が六本指で生まれ、やがて自らそれを切り落とし、生きていくということが、この物語の大きな軸になっていますが、かなり重いテーマですよね。
桜木 人が生まれて、生きて死ぬまでの間にずっと抱えていく“欠落”と“過剰”があるとして、それを書きたいと思ったんです。そして今の自分に何が書けるのか自問した答えが、人より一本多い指になった。落としたとき、確かに「数が揃う」。でも、そこに通っていたものは何処にいくのだろうと思って。一見「まとも」になったとして、その「まとも」って何ですか、と。そもそも、人って要らないものを持って生まれてくるのだろうか、という問いがあったんです。なので、今回は、はっきりとわかる“過剰”が必要でした。
小板橋 具体的な。
桜木 具体で見せる過剰。それを表現しようとしたとき、現在の私には、指が精一杯だった。
小板橋 ひょっとすると、だからこそ、読みてにとって影山博人はいとおしい存在なのかもしれません。直感的な言い方になりますが。
桜木 哀しみのあるいとおしさを表現できれば、1冊ぶんの主人公になりうるかもしれないと思います。
小板橋 博人と関わった女たちは、時に傷ついたり、置いていかれたりと、ひどい目にもあっているけれど、引き換えに、人生の充実した瞬間とそれぞれの人生を半歩前進していますからね。
桜木 幸不幸は他人にはわからないと思うんです。自分も他人の価値観で切られたくはないの。博人もそういう生き方をしているし、その姿を書けたなら成功かなと思います。
いい男って何だろう、と思うとき、父親、亭主、息子と男三代見てきての結論として、「男はだらしなくていいんだ」と思うところもあって。格好悪くても生きていてくれさえすればいいじゃない?
小板橋 それが、はじめて格好いい男を書いた、結論でしょうか(笑)。
桜木 そうなんです。己が思いつく限りの格好いい男を書いてみて、やっぱり男は格好悪くていいって、思いましたねえ。多少だらしなくても、女々しくても、そうじゃないと生き急いでしまいそうで。
小板橋 女はどうでしょう。
桜木 女は――女は、風に吹かれているから、何処でも生きていくでしょう。男みたいに繊細じゃないから、大丈夫。
小板橋 この『ブルース』、激しく、愛おしい物語で、今の甘いストーリーに慣れてしまっている読者は耐えられるかな、と思った瞬間もありました。でも、やはり読み倒して、読み崩してほしいなという願いを込めて、自分の働く書店で拡販続けていきます。たくさんの人に届くよう、頑張ります。
桜木 本当にありがとうございます。たくさんの人に届きますように!
インタビューを終えて
デビュー作から読み続けている作家、桜木紫乃さんの作品の中でいちばん愛している小説が『ブルース』です。この小説に会えたことは僥倖であり、これから何度も、何度も読み返すことでしょう。
小板橋 頼男
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