昨年12月に刊行された桜木紫乃さんの『ブルース』。苛烈な境遇に生まれ育ち、やがて釧路の歓楽街の顔役となった男、影山博人と、彼をめぐる8人の女の物語です。聞き手は「オール讀物」掲載中から、この作品を追いかけるように夢中で読んでいたという丸善書店・有明ワンザ店の小板橋さん。熱いインタビューとなりました!
小板橋 待ち焦がれていた本の刊行でした! 本当にこの小説、書いて下さってありがとうございます。
桜木 こちらこそ、ありがとうございます。
小板橋 さっそく主人公・影山博人のことから伺いたいんですが、博人は長じて釧路の歓楽街を買い占めて、街を裏から支配していく男となるわけですから、相当、喧嘩は強かったと思うんです。でもそれだけでは、支配者にはなれない。学校教育的な履歴とは違う、知性というか、鋭さというか、そういうものが備わっているんじゃないかと思ったんですよね。
桜木 博人って、思考様式がバリバリの理系だろうと思って。作中にルービックキューブを瞬時に完成できるという場面があるんですが、理系的な計算と指の器用さの象徴として書いています。私、理系に対するすごい憧れがあるんですよ。
小板橋 ひょっとして、桜木さんは、ルービックキューブ、苦手ですか。
桜木 無理(笑)。一面もできないと思います。
小板橋 影山博人という名前は、どこから採られたというようなことはありますか。
桜木 たまたま「影山」という苗字に引っかかったんですよね。(音が)苗字4文字、名前3文字が男の人の名前でおさまりが良いというイメージもあって決めました。
小板橋 この名前しかないだろうって思うくらい、いい名前だなと。
桜木 最終的に読者にそう思ってもらえたなら、ありがたいですね。
小板橋 書きはじめるときに、小説の構成は決めておられましたか。
桜木 ラストシーンを決めてから書いています。ただ構成より先に、デビュー前からお世話になっている担当編集者に「桜木さんの書く男は、だらしなくて好きじゃない、好きじゃない」と言われ続けてきて、よし、今度は、いい男を書こう、格好いい男を書くんだ、と。それがスタートでした。でもね、書き終えてみると、やっぱり男はだらしなくてもいいんじゃないか、と思うんですよね。
小板橋 その編集者は「影山、格好いいじゃないですか」とちゃんと言いました?
桜木 あ、聞いてなかった(笑)。
小板橋 第一章の「恋人形」が掲載されたのが、2011年10月号、最終章の「いきどまりのMoon」が2014年7月号、と長い期間をかけて完結した連作短編集。その間に直木賞受賞や全国の書店でフェアが組まれ、作家として大きな“うねり”があったと思います。作品にはその波は影響されましたか?
桜木 うねり……というと自分ではわかりませんが、かなり日程が詰まった状況で書いた章もありました。どの短編も書くのは、大変なんです――というのも、語りがすべて女性で、博人と出会う話ですから、似たような話にはしたくないということと、語られなかった時間の主人公・博人の存在が1作ごとに感じられるようにしなくてはという想いがあって、そこは考えました。最も時間がない中で書いたのは「影のない街」です。
7月の釧路は影がないのですよ、本当に。釧路でのグラビア撮影で、担当してくれたキャメラマンの女性が「影がないから写真が撮りやすい」と言ったのが耳に残ってタイトルをつけて。「校了にもう入っているけれど、あと3日ありますから書けますよね」という電話が入って書いた章でした。他の短編も書いている時間はだいたい5日間くらい。考えている時間は3、4か月くらいありますけど。
小板橋 刊行したあと、桜木さんの中で影山博人という人物は離れていってしまうものですか。それとも心の中に住み着いてしまうのか、気になります。
桜木 書くたびにひとりひとり忘れていかないと、次のお話にいけないんです。取材を受けて思い出しながら話しているという感じはありますね。もっとたくさん色んなお話を書けたらいいんですが、年2冊しか出せなくて、本当にすみません……。
小板橋 いいえ、たとえ年1冊でも、それは著者からの手紙だと思っています。それが本ですから。桜木さんからの手紙=本、いつも待っています。
桜木 ありがとうございます(ふかぶかと頭をさげる)。