2014.04.03 書評

『河北新報のいちばん長い日』解説

文: 後藤 正治 (ノンフィクション作家)

『河北新報のいちばん長い日』 (河北新報社 著)

 女性記者は福島に戻る。

《何でもいいから戻りたい。このまま戻らないと、一生立ち直れない》

 現地に戻った彼女は被災地のレポートを書き続けていくが、一時的であれ福島から退避したことに苦しめられる。震災から五カ月後、仕事に区切りをつけた、と記されている。

 地元紙は、倒壊家屋の中から九日ぶりに救出された老婦人と少年のスクープを行い、被災者のためにきめ細かい生活情報を提供し、さまざまな検証報道を展開した。その背後に、記者たちの逡巡や後悔や苦悩があったことを知る。そのことを赤裸々に伝えることによって、本書は、震災にまつわるドキュメントを超えた、固有の作品性を獲得している。


 紙面制作に当たる整理部の記者たちもまた悩み、苦しんだ。

 震災から二日後、宮城県警本部長は、遺体の数が「『万単位』に及ぶことはほぼ間違いない」と言明、知事もまた「そう思う」と追認した。

 死者「万単位に」────という見出しを作りつつ、宮下拓は迷い続けた。

《宮下は、石巻周辺の見慣れた光景を思い返してみた。死者のほとんどは地震と津波が到来する直前までいつもと変わりない日常を送っていたはずだ。職場で仕事し、家で家事をし、学校で学び、趣味を楽しんで「生きていた」。その自分の隣人たちに「死者」という言葉を付けることができるのか。また生き残った隣人たちに、奪われてしまったものを突き刺すようにして追認させるような見出しを自分は打てるのか》

 翌十四日朝刊、全国紙、他紙の見出しが「死者は万人単位」などであったのに対し、河北は「犠牲『万単位に』」だった。「犠牲」と打ったのは河北ただ一紙だった。

 それが、正しい判断であったのかどうか。「今も答えが出せません」と宮下は語っている。

 福島原発一号機の建屋が水素爆発によって吹き飛んだ。他紙が「原発爆発」という見出しであったのに対し、河北が「建屋爆発」としたのも整理部記者に同種の心理が働いたからである。

 宮城・南三陸町の三階建ての町防災対策庁舎ビルが津波に飲み込まれる瞬間を連続撮影した写真が持ち込まれた。約三十人の避難者が屋上にいる。次のコマでは、無線塔によじ登り、フェンスにしがみついた人々が約十人に減っている──。衝撃的な写真だった。

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河北新報のいちばん長い日
河北新報社・著

定価:750円+税 発売日:2014年03月07日

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