- 2016.01.31
- インタビュー・対談
3.11後のフクシマを舞台に、原発が間近に見える波に手をつけて「書かせていただきます」と誓った
『ムーンナイト・ダイバー』 (天童荒太 著)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
海の底から大切な人につながる品物を探せないか。 非合法のダイバーは月光を頼りに人と町をさらった立入禁止の海へ潜降する――鎮魂と生への祈りをこめた、天童さんの新たな代表作が生まれました。この作品への思いを語った講演の一部を再録します。
(前方スクリーンに装丁に使用されたダイバーと深海の写真が映写され、天童さん登壇)
――いま映されましたのは、装丁につかわれたお写真ですね。輝く青が非常に美しくて印象的ですが、こちらは本作品とご関係があるのですか。
天童 今回、禁断の海にしかも月の光のもとでしか潜れないという設定で書きたい、と思っている時期に偶然出会った写真です。まだカバーにするとは考えてもいない頃から、執筆中も机の脇に置いていたくらいイメージとして大切にしていました。
『悼む人』を書いていたときも、同じ場所に舟越桂さんの作品写真を置いていたので、同じように本の顔になってくれて、本当に嬉しく思っています。
――では、新作『ムーンナイト・ダイバー』、どのような作品かお聞かせください。
天童 舞台は、基本的に「3.11後のフクシマの海」となりますが、小説であってノンフィクションではありませんから、福島あるいは東北の地名を一切出さない形で書いています。具体的な名前を出すことで傷つく人がいたり、事実かと誤解されたりする恐れがありますし、また、現実に生じたことと小説の内容との整合性に焦点が向いて、表現したかった〈真実〉が届かなくなるケースを避けたかったということもあります。
内容を最初のほうだけお話ししますと、或る、海に面し津波によってさらわれた町がある。そこは――原子力発電所という言葉も使ってはおりませんが――海上からみると強烈な光が発せられている、作中で〈光のエリア〉と呼ばれるあたりのすぐ隣にあるという設定です。その町では、人も建物も思い出の品もすべて海に流されてしまっている。でもそれらを潜って探し出すことは、汚染された海のため、誰にもできない。
その海に一艘のボートが出て行く。漁師が舟を操って、潜る男が一人乗っている。非合法なので月夜にしか彼は潜れません。
禁断の真っ暗な海に潜る男も、別の場所で家族を失っている。あの日、自分が死んでいたかもしれないのに、偶然生き残ってしまって、なぜ自分が残り、なぜこの人たちが死ななければならなかったのかという罪悪感に近い思いを抱えて月下の海に潜っていく。けれど全ては闇に沈んでなにも見えない。陸の方を月が照らすと、その町は失われてしまってコンクリートの土台しか残っていない。しかし海中で水中ライトをつけると、一瞬でさらわれた町が目の前に現れる……。
その海の底で、失われた町の元住人の依頼のもとに、彼らの大切な人たちのよすがとなる品々を彼が拾い上げてくるというのが、基本的な構造です。
そうした日常の中で、ある日一人の美しい女が男の前に現れる。彼女は海にさらわれた夫の大切な品物を探してきてくれと言う…のかと思ったら「探さないでください」と言いだす。夫との大切な思い出の品を探さないでほしいという意外な言葉に、なぜ、と男が困惑するところから、物語がもうひとつ別のうねりをしめしていきます。