インタビューほか

3.11後のフクシマを舞台に、原発が間近に見える波に手をつけて「書かせていただきます」と誓った

『ムーンナイト・ダイバー』 (天童荒太 著)

海の底から大切な人につながる品物を探せないか。 非合法のダイバーは月光を頼りに人と町をさらった立入禁止の海へ潜降する――鎮魂と生への祈りをこめた、天童さんの新たな代表作が生まれました。この作品への思いを語った講演の一部を再録します。

――五年が経過しようする現在、フクシマという地名は重くひびきます。

天童荒太さん

天童 そうですね。3.11の特異性は、行方不明者の多さと原子力発電所の爆発による放射能汚染の2つだと私は思っています。今、世間はそれらを忘れていこうとしている。なかったことにして、以前にも増して経済を優先させ、競争原理を駆り立てるようにして社会が進みつつある。そのひずみが今日本の各地で表れており、一方でそれは9.11後の混乱の増す世界のあり方とも非常に重なっているように思います。本当に大切なことを我々は知るべきときにあえて忘れようとしている。なぜこれだけ豊かになっても幸せを感じられないのか。なぜこれほどに社会全体のモラルが壊れていくのか。人々がそれぞれ孤立化し、隣人に不寛容になり、隣でなにをしているかなにが起こっているのかさえ見ようとしない、そんな息苦しく狭隘な世界にどんどんなりつつあります。

 私たちにとって真に大事なものとはなにか、その答えが禁じられた海に潜ることで見つかるのではないか。そして、生きることの尊さ、意味をも、そこに見いだせるのではないか――と確信をもって書き始めたのですが、実際書いてみると「生きる意味」というだけではなくて「なぜ人は愛するのか」というテーマにも向き合うことになりました。愛するということの意味、性愛と生命力の問題も含めて、人間の根源的な場にまで主人公が潜っていこうとする物語に深化したのは、自分としても嬉しい出来事でした。

――実際に現地取材をなさったと聞いております。現場で印象的だったことを伺えますか。

天童 これを書く以前から、別の仕事で、陸前高田や大船渡、女川、仙台、気仙沼という場所を訪ねて、実際にその地域の方々とお話しする機会も得ていたのですが、今回このダイバーの話を書くことになって、2015年の4月に国道六号線を走って、福島県の請戸をはじめ、海岸線の港を順に南に下るかたちで訪ねました。復興がなされたとはまだとてもいえない、という印象がありました。なぜこのままこれらの地が忘れ去られようとしているのか、理解できませんでした。破壊されている港、雑草の中に残るコンクリートの土台、除染された土を詰めたあの黒い袋だけが次々と積まれている現状を、住む人のいない町や港に向かう道々で見ていきました。

 これを今書かないといけない、間に合わないと、改めて思わせられた光景ばかりで、なぜみんな現実を見ないのだろうという悔しい思いもありました。この地を、この海を「書く、表現する」不遜さを思いながら、原発が間近に見える海に実際に近づき、打ち寄せる波に手をつけて「書かせていただきます」と誓ってきたのですが、それは自分にとって大切なことでした。

――通常のご執筆ペースよりかなり速かったそうですね。

天童 今までの私のありかたからすると、正直ありえないペースで書き進めました。1日に20枚くらい書けたときもあって、編集者から「なんだ天童できるじゃないか」と言われそうなくらい。これを早く書きなさいと、まるでうしろから背中を押されている感じでした。もうすぐ5年という節目のときがくる、それまでには絶対に書かねばならない。そういうなにかの働きがあったのかもしれません。それは、あの海を訪れた者としての約束のように思えました。

 テレビや報道のカメラは陸から入れます。空撮もできる。でも海底に潜って、その場所から眺めた世界の矛盾や社会に必要な何かを見出し、人間の真実を見きわめてゆくのは、小説だからこそできることです。見ることの叶わぬ場所を描き、人間の心の奥底から真に大切ななにものかを拾い上げてくる、そのような創作ができたということが、自分にとって発見でしたし、喜びでした。書き上げた今、海での約束を果たせたのではないかという思いとともに、自分自身、新しいフェーズに立っていると感じえた作品になりました。

(2015年11月13日 出版企画発表会天童氏講演より抜粋、再構成いたしました)

ムーンナイト・ダイバー
天童荒太・著

定価:本体1,500円+税 発売日:2016年01月23日

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