インタビューほか

わが伯父・直木三十五を語る
破天荒に生きた「奇人」直木三十五

「本の話」編集部

『直木三十五伝』 (植村鞆音 著)

――周辺の作家とか、映画人たちからもとても慕われていた。直木は、男が惚れる男だったんじゃないかという横顔についてはどのように感じていらっしゃいますか。

 本当に直木三十五を好きだった作家というと、おそらく菊池寛と三上於菟吉(おときち)の二人だったんじゃないかなと思います。その二人の直木三十五について書かれた文章を読むと、本当に「好きだ」という感じがにじみ出ていますよね。直木の死んだ後で三上さんの書かれた『略解』にも、「二人と同じものを此の世で見出せない。(中略)もう一度、たった一目でも眺めて見たくてならなくなるのだ」と。おそらくそういう人物だったんでしょう。変わってはいたのでしょうけれどね。菊池さんも、心から直木三十五のことを愛してくださったんじゃないかな。「なぜだろう」とは思うのだけれども、きっと自分にはないものを持っていたからじゃないでしょうか。体型から気質から考え方まで、すべてが違う。菊池さんの有名な話で、彼は周りの人にお小遣いをしょっちゅうあげていたらしくて、ポケットの中に手を突っ込んで無造作にお金を取り出して渡す。しかし、「本当はポケットの中で勘定していたんじゃないか」と言われていますよね。おそらく菊池寛という方はそういう計算をきちっとしたうえで、お金を渡していた。直木はそういうことができない。とにかくまず使っちゃうんですから(笑)。

――しかし、碑にも刻まれた「藝術は短く貧乏は長し」ではありませんが、それほど貧乏の悲惨をよく知っていた方が、なぜ生涯、浪費癖が抜けなかったかというのもまた謎ですが。

 ひとつは何というのかな、“やけくそ”じゃないでしょうかね。死の二、三年前から、「貯金しなきゃいかん」というようなことを言っています。「二年しか食いつなげないから、貯金しておかなきゃ」とか。自分が置かれている経済的状況を、晩年はよくわかっていたんじゃないでしょうか。

――だいたい、「収入・支出」をつけているくらいですから。

 人生そのものが自転車操業なんでしょう、きっと。四十三年の人生のうちで、きちっと収支が合ったというのは最後の十年でしょうから、あとは自転車操業ですね。映画で失敗して東京に戻ったのが昭和二年ですか。芥川さんの亡くなった年です。寿満さんが書いたものには、そのときたしか三十万円の借金があったって。当時それだけの借金があったとしたら、いくら稼いでも返せませんよ。だから、「短い人生だ、使えるものは使っちゃおう」という感覚も出てきますよ。

――完全にやけくそですね(笑)。それを美学として生きたとも見受けられますが。

 そういうこともあったんじゃないでしょうか。関東大震災で関西に落ちのびていく以前の麹町三番町時代というのもやはり、自転車操業しながら贅沢している。高価な丸梅のおでんを取ったり、越後屋から着物が届いたり、それから外出はいつもハイヤーなんていう生活をしているわけですから。でも、電話料金も払うことができなくて、電話機が外されてしまう。借金とりが連日押しかけてくる。そういうことに慣れっこになっちゃっているんですよね。

――ある意味でそれも自己演出だと考えれば、作家になってからはそれが有利に働く。それにいち早く気付いていたフシもあります。

 かもしれません。自分の売り方、演出についてはすごく気を使っていたんじゃないでしょうか。

――とりわけ「文藝春秋」に寄せた雑文には、とても独創的なところがあります。作品としては、最大のヒット作は『南国太平記』ですが、なぜ時代小説に向かったのでしょうか。

 そもそも文壇デビュー以前は、ドストエフスキーばりの心理小説を書きたいと思っていた。だけど、大震災の後、余儀なく関西に落ちのびていったときに、入社した大阪のプラトン社では「苦楽」の編集長という立場を利用しながら物が書けるようになった。子どもの頃、唯一の娯楽であった貸本屋から借りて読んだ本の中には講談本が山ほどあって、講談の世界には精通していたのでしょう。それをいくらか新しい現代的な視点を入れて書き直したら面白いのではないか、といって書き出したのが仇討物だと僕は思う。全部読んだわけではありませんけれども、スタイルがそれぞれみんな違うんです。直木自身、これは随筆だというような言い方をしているものもある。確かに、随筆というか、漫談というか、とにかく現代の作家、久米(正雄)さんの名前が登場して、「久米ならこうはしないのだ」とかね(笑)。

――語り口を楽しむような作品になっていますね。

 それから芥川が言うように、武士にヒューマニティを与えたという点ですか、非常に人間らしい武士が登場する。勇敢に切り結ぶだけじゃなくて、「怖い、怖い」と思って闘う武士が出てくる。そういう目の付け所、やはりプランメイカーの面目躍如というところがあります。そうした新しい境地を作り出そうとしたところに直木三十五の非凡な才能があったと僕は思います。

直木三十五伝
植村鞆音・著

定価:本体619円+税 発売日:2008年06月10日

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