2013.10.30 書評

登山家、がんという難ルートを歩む

文: 北村 節子 (元・読売新聞記者 元・女子登攀クラブ)

『それでもわたしは山に登る』 (田部井淳子 著)

 本書の帯「余命三カ月!?」に驚く人も多いに違いない。

 あの田部井さんが? 世界で初めてエベレストに登った女性でしょ? 今だって東北応援とかいろいろ活動してるじゃない! TVでもよく見るわよ、明るいおばさんよね。がんなの?

 そう、これは世間に「元気女性のシンボル」と思われているベテラン登山家の、がんという難ルートへの対応心得の書なのである。

 私自身、1975年エベレスト遠征で出会って以来、何度かの海外遠征や国内の山遊びを共にし、その強靱さをよく知っていた。だから、1年半前現れた、ただならぬ病状には驚いた。同時に、重篤の際にも外部に告げることなく登山や講演を続ける姿に、「いつ、どうやってカミングアウトするんだ?」と案じてもいた。

 そこへ本書である。「そうだったのか!」と妙に得心した。この人はたとえ自分の病であろうと悲嘆節にとどめない。その対処と教訓を活字メッセージとして発信するのである!

 まず第1章につづられるのは、これまでの「山でのピンチ」のかずかずだ。これはいわば第2章への伏線的な意味を持つのだが、それ自体読み応えのある登攀ノンフィクションになっている。若い日、谷川岳で目の当たりにした墜落事故。あるいは、女性だけでエベレストに挑んだ際の隊員間の微妙な軋轢。中ソ(当時)国境の難峰トムールで遭遇した雪崩の体験。いずれも本気で山と取り組んだ人間だからこそのエピソードで、ザイルの摩擦熱や低酸素にあえぐ息遣い、氷河の手触りまでが浮かんでくるリアルな描写である。

 ところがそれは「こんなに大変でした」というよくある登攀困難物語にとどまってはいない。著者はその経験を一歩進めて「だから日常生活でもこう考えるべきなんだ」という教訓に結び付けて説くのである。

 たとえば、岩壁で出くわした遭難者救助では、緊張と動揺を抑えて自分に言うのだ。「まず平常心を保て。そうすれば必ず手立てはある」と。あるいは雪崩に巻き込まれ、さらに次の雪崩が来そうだったとき。全装備を投げ捨てて即、その場を脱出するという瞬時の判断。また悪天候で方角を失いそうになった経験からは、「疲れた時は自分の判断をも疑え」と。

 そして第2章では、これらの「教訓」が自身のがんとの戦いで遺憾なく発揮されるさまがつづられていく。

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それでもわたしは山に登る
田部井淳子・著

定価:1400円+税 発売日:2013年10月10日

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